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                <大人の>
              ときめきメモリアル
                ~番外編~

             「伝説の体育倉庫の中で」

                沙希編

 

 「なんだよ、本気で言ってるのか?」
 「はい。おれ、今日一杯で辞めます」
  驚いた様子の最上級生に、彼はきっぱりと言い放った。
 「だっておまえ、折角レギュラーになれたってのによ」
 「別に──」
  彼はちらりと視線を走らせた。
 「入りたくて入ったわけじゃありませんから」
  昨夜の雨に濡れたグラウンドからは、夜明けとともにうってかわって輝き出し
 た夏の太陽に蒸されて昇る、物憂げな陽炎が盛大に満ちていた。そんな中でユニ
 フォームを泥で汚しながら、それこそ必死にレギュラーを目指して練習に励んで
 いる連中にしてみれば、彼の台詞はこれ以上ないほどの侮蔑の言葉だっただろう。
  だが双方にとって幸運だったのは、そんな彼の言葉は誰の耳にも届かなかった
 という事だ。どこのクラブでもそうだろうが、一週間で一番きつい土曜の午後練
 習が始まってすぐに、彼は部のキャプテンである二年先輩の男子生徒を呼び止め
 ていた。仲間たちが散っていく中、グラウンドから離れた部室の前で、彼は不遜
 な台詞を吐いたのである。
  しかし告げられた本人であるキャプテンだけは、彼の言葉に眉をしかめざるを
 得なかった。それでもぐっと怒りを堪えてみせたのは、彼の戦闘力──それこそ
 人員過多のサッカー部にあって、一年生が、しかも入部から二ヶ月余りでレギュ
 ラーメンバーに指定される程の戦闘力──を充分認識しての事だろう。
  ぼりぼりと短く刈りそろえられた頭髪を掻きわけながら、宥めるように言う。
 「でもなあ、もったいないだろう?」
 「もう決めたんです」
  にべもない返答。
  流石に対峙者がむっと腕を組んだのは仕方がないだろう。
  彼はそんな男の筋肉質な腕を見ながら続けた。
 「他にやりたい事があるんです。レギュラーになったら練習の量も増えるし、自
 由な時間は益々無くなってしまいますから。いまのうちに辞めておきたいんです」
 「もう監督には言ったのか?」
  監督とは顧問の教師の事である。
  顧問教師以外に専属の監督が付く場合もあるのだろうが、事この高校に関して
 はそのような習慣はなかった。元よりそれ程の強豪チームという訳でもない。だ
 がそのおかげでめくじらを立てて軍隊張りの練習を強要する、学生の本分のなん
 たるかを弁えない身勝手な大人の犠牲にならずに済むのだから、幸運といえるか
 もしれない。
  彼は首を振って、
 「いえ、まだ言ってません。先にキャプテンに言っておこうと思って」
  そうしなければ後で何を言われるかわかったものではない。
  心の内でそう続けた。
  ボールの弾む音、それから掛け声が遠く響いてくる中、ふたりは互いの顔をじ
 っと見つめあった。彼は出来るだけ自分の意思が固い事を示そうと口を引き結び、
 キャプテンは何を思っているのか口をへの字に曲げながらだ。
  ふいにそのへの字口が動いた。
  彼はびくりと肩をはね上げたが、鉄拳制裁の雄の呼び名を欲しいままにしてい
 る男の拳は飛んでこなかった。恐る恐る開かれた彼の目には、グラウンドに向か
 って叫ぶ先輩の姿が映った。
 「マネージャー!」
  両手をメガホン代わりにして繰り出された声は、割れ鐘のように響いた。
  グラウンドの隅々にまで轟いた呼び声に、こぼれたボールを拾い集めていた上
 下ジャージ姿の沙希は、はたと顔を上げた。
 「はーい」
  すぐに大きく応えて、水たまりをよけながらも急いで駆け寄っていく。
  立ち尽くして対峙しているふたりの選手の前までたどり着いた少女は、息を弾
 ませてにこやかに言った。
 「なんですか?」
  しかし男たちからの返答はない。
  はてと首を傾げた彼女は、彼らの間に流れる張り詰めた空気を感じ取った。
 「あの──」
 「あのな、こいつが辞めるって言ってんだ」
  喋りかけたマネージャーの言葉を遮ってキャプテンが言った。
  彼は俯いて沙希から視線を逸らせた。
 「ええっ?」
  驚いたのは沙希である。
 「ど、どうしてなの?」
  と彼に詰め寄った。
  彼は口の中でぶつぶつと言って、居心地が悪そうにもぞりと動いた。
 「他にやりたい事があるんだとさ」
  代わりに言ったのはキャプテンだ。その口調は先程までと変わったようには聞
 こえないが、彼はむっとして口を尖らせた。何故か目の前の男が、沙希の前で自
 分を蔑んでいるみたいに感じたのだ。
  だが彼女はそんな事には構っていなかった。
  俯く彼の肩に手を置いて揺さぶった。
 「ね、ホントなの?」
 「はぁ」
  彼は一年先輩のマネージャーの顔をまともには見られなかった。
 「そんな──折角レギュラーになれたのに……」
  悲しそうに言われて、益々居心地が悪くなる。
  沙希は黙りこくる彼の瞳を覗き込んだ。
  そこには確かにある種の決意が感じられる。
  決して冗談ではないと見て取って、もう一度口を開こうとした。
  が、彼が怒ったような顔で目を逸らせたのを見て、何も言えなくなってしまっ
 た。三人ともそれぞれ想いは違うのだろうが、さりとてそれがわかるはずもなく、
 同じように自分の内に籠もって黙りこくっていた。
  時間だけが過ぎる。
  と、キャプテンがついっと踵を返して部室の中に消えた。
  彼は不安ながらも沈黙を守り通した。
  沙希はまだ何か言いたそうだったが、やはり彼に倣っていた。
  閉じられたスチール製のドアが再び開いた時、現れたキャプテンの顔には諦め
 の様な色が浮かんでいた。彼はそれを見て、ほっとしたような恐ろしいような、
 複雑な気分を味わった。
 「マネージャー」
  彼にはちらとも目をくれずにキャプテンは言った。
  沙希が顔を上げたのを見て、男は手を差し出す。
  そこには小さな鍵が摘まれていた。
  それを見た瞬間沙希の顔色が変わったように彼には見えた。
 「頼むよ」
 「え? で、でも………」
  沙希は困ったように言って、キャプテンと彼の顔を交互に見た。
  一体何なのかと訳のわからない彼は戸惑ったが、黙っているしかなかった。
 「な?」
  有無を言わさずに、彼女の手の中に鍵が押し込められた。
  少女がそこに視線を落としている内に、キャプテンはグラウンドに向かって歩
 き去っていった。
  最後にちらりと自分を見たその視線に、彼は妙に落ちつかない気分になった。

 

  自分は無罪放免なのか、それとも懇願は却下されたのか。
  何も言わずに去った背中に、彼は応えを求めていた。
  当然応えなどは出ようはずもない。
  ぼんやりと立っている事が辛い。
  仕方がないとばかりに、その場を去ろうとした。
  監督に直接退部の旨を申し述べようと決心したのだ。
 「あ──待って」
  そんな彼を沙希が呼び止めた。
  立ち止まった彼は振り返り、
 「なんすか?」
  と中途半端な敬語で応えた。
  先輩に対する気遣いと、異性に対する見栄の折半から出た言葉だ。
  沙希はちらりと彼を見てからひとつ深呼吸をすると、意識的にそうしているの
 かからりとした声で、
 「ついてきて」
  そう言うなり背を向けて、歩き出した。
  しばしそれを見送って、結局彼は後を追った。
  まだ正式に退部した訳ではないので、先輩の言葉に従わない訳にはいかない。
  例えマネージャーと言えども先輩は先輩だし、そもそも選手とマネージャーで
 どちらが偉いというものでもなかろうというのが彼の持論だ。
  沙希の脚は、彼が思うに妙な場所に向いていた。
  最初に彼が考えたのは、恐らくは監督の所に連れていかれるのだろうという事
 だったのだが、どうも違うらしい。彼女は職員室のある校舎には向かわずに、ま
 っすぐ前を向いて体育館の方へと歩いていく。
  とうとうふたりの脚が体育館裏のひとけのない地を踏んだ時、彼は問い掛けた。
 「どこ行くんすか、先輩」
  確かにそれはまともな質問だっただろう。
  何しろそこには何もないのである。
  ある物と言えば古びた体育倉庫だけである。
  体育館と校の内外を隔てる塀に挟まれた土地には、なんら先程までの状況から
 思い当たるような関連性も見つけられない。
  だが沙希は何も応えなかった。
  首を捻る彼の前を歩き続け、そして彼が捻った首を更に傾げる前で、体育倉庫
 の扉に取りついた。
 「あの……」
  もう一度彼は言ったが、やはり返事はなかった。
  沙希は扉に取り付けてある大型の南京錠を手に取った。それからまるっきり彼
 を無視して、先程渡された鍵を使ってその錠を開放してみせた。
  彼は益々訳がわからなくなった。それでもがらりと引き戸が開け放たれた時に
 は、何か用具でも運び出すのだろうと見当をつけていた。
 「何か持ってくんすか?」
  手伝わされるのなら早く済まそうと言った彼に、
 「入って」
  という誘いが掛かった。
  それならと彼は倉庫内に脚を踏み入れる。
  入口に立っていた沙希は、彼を中に入れてから後に続いた。
  すえた石灰の匂いを嗅いだ彼は、ぐるりと周囲を見渡した。
  どこもかしこも古びた用具が林立している。
  誰かが積んだのには違いないだろうが、その人物は整頓が下手だったらしい。
  どれもこれも乱雑に仕舞われている。
  背後で扉の閉まる音が響いたのはその時だ。
  彼は慌てて振り返った。
  一瞬、沙希に閉じ込められたのではと思った。
  しかしそれは間違っていた。
  うっすらと暗くなった倉庫内には、確かに彼女の姿があったのだ。
  沙希は内側から扉に錠を施すと、鍵をジャージのポケットに仕舞い込んだ。
  くるりと振り向いて、
 「ねぇ」
  と小さく言う。
 「な、何してんすか?」
  戸惑う彼ににじり寄る。
  彼はなんとなく気後れして後ずさってしまった。
 「迷惑──だったかな?」
  見上げる視線にどきんとして、
 「な、何がっすか?」
 「サッカー部に誘ったこと」
 「あ──いや──」
  言葉に詰まって、ついあらぬ方向を向いてしまう。
  確かに彼をサッカー部に勧誘したのは沙希本人だった。
  そもそもクラブ活動などする気もなかった彼がサッカー部に籍を置く事になっ
 たのは、そんな誘いがあったからである。何故見ず知らずの自分をという彼の問
 いは、あなたには根性があるわのひと言で応えられた。なんでも、偶然体育の授
 業を受ける姿を見て、彼ならきっといい選手になれると思ったらしいとの事だ。
 元々根が単純な彼は、そこまで言ってくれるならばと入部の手続きを済ませたの
 である。
  もっともこれは彼が入部してから知った事ではあるが、沙希という少女は、
 恒常的に有能そうな生徒を見つけては勧誘してまわる、その筋ではかなり有名な
 マネージャーだったのではあるが。それでも彼が今日までしたくもないサッカー
 に打ち込んでいたのは、事ある毎に世話を焼いてくれる彼女への感謝のような気
 持ちがあったからであった。なにしろ女の娘からそれほどまでに気を遣ってもら
 った事のない彼である。まんざら悪い気もしない。しかもその少女が、やはりそ
 の筋では有名な「運動部のアイドル」だったのだから、何をか言わんやである。
  確かに他の部の連中から、世にも珍しいマネージャーの引き抜きがかかる程の
 事はあって、彼女は実に良く気がきいていた。用具の手入れから選手のユニフォ
 ームの洗濯、怪我の手当てから弁当──しかも手作り──の用意までと、雑務は
 すべて、そしてそれ以上の事まで誰に言われるまでもなくこなすのだから、是ほ
 ど有能なマネージャーというのも珍しいだろう。
  更に彼女がアイドルと呼ばれる最大の要因であるその可愛らしさも、運動部の
 連中、そして彼を強く引きつける要素になっていた。少し幼さの残る顔に、さら
 りとしたショートカットの髪。優しげな体つきに、清潔な印象。元気で明るく、
 分け隔てなく人に接する心に笑顔の似合う娘となれば、それこそ引く手あまたの
 見本市だ。
  だがそれだけに──と彼は申し訳なく思っていた。確かにクラブを続けるも辞
 めるも自分の勝手ではあるが、そうする事が自分を買ってくれている少女を裏切
 る事に繋がっているように思えて、酷く後ろめたい気分になるのだ。なにしろ受
 けた恩義は──彼女にそのつもりがなくとも──計りきれない程に大きい。
 「えっと……別に迷惑って事は……」
  しどろもどろにぶつぶつと言う。
 「じゃ、どうして辞めるなんて言うの?」
  真剣で悲しげな眼差しに、彼は息を呑んだ。
  それでも意思はかえられない。そもそも今日部を辞めると宣言するまでに、我
 が身の自由と恩を仇で返す不義については、散々秤に掛けて考え抜いているので
 ある。確たる意気込みもなく入部した彼にとっては、日々の練習はやはり苦痛以
 外のなにものでもない。どちらに天秤が傾くかは明白だった。それでもそんな彼
 が激戦のレギュラーメンバーの座に推されたのは、やはり彼女の選択眼が優れて
 いたからだろう。
 「どうしてって言われても──」
  意味もなく傍らの跳び箱をぽんぽんと叩く。
  埃が舞った。
  沙希はユニフォームに取りついた埃をわざとらしく払う彼に言う。
 「ねぇ、やりたいことって何なの?」
 「いや、あれはその言葉のあやで……実は取り立ててやりたい事ってのは──」
 「それなら、一緒にサッカーで頑張りましょうよ!」
  励ます様な声と仕種に、彼は負けてなるかと気合を入れた。
 「でも先輩、おれはもう練習についていけないっすよ」
 「でもみんなだって頑張ってるんだよ?」
 「みんなはそうかもしれないけど、おれはもうだめっす」
 「そんな──あなたにはそれを乗り越える根性があるはずよ」
  断定を下された彼はふいに怒りを覚えた。もしかすると彼女を傷つける事を恐
 れるあまりに、部を辞める正当性をその彼女に押しつけようとしているのかもし
 れない。
 「なんでそんな事が先輩にわかるんすか?」
  彼は言って、沙希を睨み付けた。
  口調まで固くなっているのを悟った彼女は、驚いて身を引いた。
  それでも瞬きを繰り返して動揺を隠すと、
 「だ、だってそうだもの」
  と両拳を固めて言い返した。とにかく言い返そうとする事だけを考えていたの
 で、言葉の意味はまったく訳のわからないものだった。
 「応えになってないっすよ」
 「わ、わたしは──あなたに根性があるから誘ったんだもの……」
 「見込み違いっすよ」
 「ね、ねぇ」
  分が悪いと踏んだのか、沙希は口調を変えた。
 「どうしても続けられないの?」
 「どうしてもっす」
 「折角レギュラーになれたのに」
 「なりたくてなったんじゃないっすよ」
 「でも──」
  沙希はふいにがっくりと肩を落とした。
 「あなたのお蔭で、今度こそ国立競技場に行けると思ってたのに……」
  心底残念そうな様子に、しかし彼は言った。
 「それだっておれが望んだことじゃないっすよ。国立競技場に行きたいのは先輩
 じゃないっすか。結局先輩は自分の望みを叶える為におれを利用してるんじゃな
 いんすか?」
 「わ、わたしだけじゃないわ! みんなあなたの力を──」
 「それなら尚の事っすよ!」
  遮って彼は怒鳴った。
 「なんでおれが他の奴らの為に犠牲にならなきゃならないんすか!?」
 「そ、それは──」
  今度は彼女の口が凍りついた。
  自分の手に視線を落とし、時々彼を見上げては何か言おうとするが失敗する。
 「とにかく──おれはもう辞めるって決めたんすよ」
  少々言いすぎたかと後悔しながらも、彼はそう述べた。
  固い空気が流れ始めて、それから数分が過ぎ去った。

 

 「わかったわ」
  ふいに言ったのは沙希だった。
  彼にはその言葉が、どことなく乾き、割り切ったかのように抑揚なく響いて聞
 こえた。ちくりと胸が痛んだのは仕方がないだろう。なるべく神妙に見えるよう
 にと難しい顔をつくって頷き、もぞりと脚を運ぶ。早々にこの場を立ち去りたい
 という思いが傍目にもありありと見える。しかし扉は閉ざされたままだ。仕方な
 く沙希に目をやって、彼女が動いてくれるのを待った。
 「でも、もう一度だけ考え直してみて」
  しかし沙希は、またしてもそんな事を言い出した。
  彼はため息をついた。
  何度考えても同じだ。
  そう言おうとしたが、とうとう彼の口からその言葉が放たれる事は無かった。
  代わりに漏れたのは、
 「──な、なにしてんすかっ!?」
  というひきつった叫びだった。
  硬直する彼の手は、沙希の掌にしっかりと包まれていた。
  しかも彼女はその手を、ゆったりと自分の胸に押しつけているのだ。
  触れたことのない場所に自分の手がある。あまりの事に動転した彼は、腕に力
 を入れるあまりに柔らかい膨らみを鷲掴みにしてしまった。服の上からでもわか
 る弾むような乳房が、掌の中で踊る。
 「いた……」
  小さく沙希が呻いて、
 「あ──す、すんません──」
  と彼がうろたえた。
  しかし謝った彼が身を引こうにも、謝られた沙希が手を離そうとはしない。
  すっかり頭に血が昇った彼は、口許をひくひくと痙攣させるしかなかった。
 「ねぇ……こうしてるの、いや?」
  そっと言われて、一体何が起こっているのかと益々混乱をきたした。
  まったくもって彼女の行動は理解不能だった。
 「いやなら言って……わたしになんか触りたくなかったら………」
 「せ──先輩──何言ってるん──すか──?」
  ようようと喋る彼は、見事に騰がっているようだ。
  息を詰まらせ、唾を呑み込み、なんとかかすれた声を絞り出している。
  そんな彼を沙希は潤んだ瞳で──元が大きいだけに実に魅惑的だ──見上げ、
 「ね、いやじゃない?」
  ともう一度問い掛けた。
  とにかく何か応えなくてはと焦った彼は正直に言った。
 「い、いや──いやじゃないっすけど──これは──な、何の冗談っすか──?」
  は、は、は、などと白々しく笑ってしまう。
  ぐにゃりと掌に強い圧迫感。
  沙希が胸を突き出してそうさせたのだ。
  温かく心地よい女の娘の身体に、彼の腰の辺りにむず痒い刺激が走った。
 「いやじゃないなら、触ってて……」
 「でも──い、いいんすか?」
 「うん」
  瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐き出して彼女は頷いた。
  彼はつい指をぴくりと動かしてしまう。
  ふかりとした感触が返ってくる。
 「あ……」
  小さな吐息を聞いた瞬間には、天にも昇る心持ちになっていた。
 「せ、先輩っ……」
  震えた呻きを漏らして、もう一度始めての感触を求める。
 「あんっ」
  もう一度聞こえた小さな声。
  彼は舞い上がった。
  腰に走る刺激が頭に達し、混乱していた脳が漸くその正体を掴んだ。掌に感じ
 ているのは間違いなく女の娘の胸の感触。だとすれば腰の疼きの正体はひとつし
 かない。伝達は速やかに返信されていった。股間に生まれるもどかしい鬱血感は、
 性器の根元の静脈が締まり始めた証拠だ。
  彼はむくむくと体積を増し始めたものを隠そうと、みっともなく腰を引いた。
  それが返って目立つ行為なのだとは、もちろん気づかないままにだ。
 「ね、もっとしたい?」
  沙希は優しく彼の目を見た。
  無言で頷いてから、
 「そ、そりゃあ……」
  と彼は思い出したみたいに声を出す。
 「それじゃあ、こっちにきて」
  彼女は彼の手を離すと、ついと背を向けて倉庫の奥に進んで行った。
  掌に残る痺れた残感に胸をときめかせながら、彼も用具の隙間を後に続く。
  突然視界が開けた。
  そう言うのは少々大げさだろうか。
  歩き出してすぐ、それは立てかけられた卓球台の一枚奥に存在していた。
  両手を股間の前で組み、じっと彼を待っていた沙希の足元には、まだ白く輝い
 ている体育マットが広げられていた。きっちりその広さだけ辺りの用具が後退し
 て、単なる空気しかない空間を造り出している。
  どこか釈然としない風景に、彼ははたと息を呑んだ。
  みるみる表情が険しくなる。
  同時にまさか──と否定してみたものの、やはり最初の考えは打ち払えない。
  呆然と見つめる彼の視線から少しだけ顔を逸らせて、
 「もう一度聞かせて──」
  と寂しそうに言った沙希の態度が、はっきりとそれを裏付けていた。
  やめてくれと胸の内で叫んだ彼に、しかし声はかかった。
 「クラブ、辞めないよね?」
  暫く間を置いて、憮然とした態度でぼそぼそと口を開く。
 「身体で──おれを釣るんすか」
  沙希は俯いた。
  俯いて何も言わなかった。
 「いままでに何人ここに連れてきたんすか」
  応えはない。
  彼の頭の中には、他の部員の顔が次々に現れては消えていった。
  どいつもこいつもにやけているように見えた。
  最後に現れたのはキャプテンの顔だった。
  ふいに苛立ちを覚えた彼は、がばりと沙希に詰め寄った。
 「応えて下さいよ! 何人っすか!?」
  無気力に肩を揺すられていた沙希が、邪険に彼の手を払いのけた。
 「応えたくない」
  その声は先程までの彼のそれよりも低かった。
  彼はそんな彼女に悲しげな視線を送ってから、ゆっくりと首を振った。
 「そんな──どうしてこんな──」
  それからふいに激しい声で、
 「無理やりなんすね? 無理やりさせられてるんすね!?」
  と俯く彼女に顔を向けた。
  しかし彼女もまた弱々しく首を振ってそれを否定した。
 「違うわ──わたしの意思よ」
 「嘘だ!」
 「本当なの」
  寂しげに彼女は微笑んだ。
 「そんな……」
  がっくりと肩を落とした彼に続ける。
 「最初は……レギュラーになれなくて落ち込んでた男の子を慰めたくてした事な
 の。それからは色々──いまのあなたみたいな男の子もいたわ。みんな喜んでく
 れた。また頑張るって言ってくれたわ! だからわたしは……わたしなんかで役
 に立つならって……」
  彼はぼんやりと彼女を見つめていた。
  俄には信じられない話に、なんとか声を絞り出す。
 「でも……そんなのって……こんなこと……」
 「わたしは頑張っている人が好き。そんな人の役に立てるなら、喜んでするわ」
 「でも……こんな大事なこと──自分が何をしてるかわかってるんすか!?」
 「わかってる!」
  ひと言沙希は怒鳴った。
  が、すぐにまた寂しげに微笑んだ。
 「わかってるわ……わたしだって女の娘だもん……そんなに簡単には……」
  その声は段々と細くなって最後には消え失せた。
  しかし一瞬の後にははっきりと続けた。
 「でもね、それでもわたしはしてあげたいの。みんなが喜んでくれるなら」
 「それじゃ……どうしてそんなに寂しそうに笑うんすか……そんな……」
  後が継げずに彼はただ立ち尽くした。
  壁に穿たれている汚れた窓から差し込む陽光が、どこか白々しくふたりの影を
 周囲に張りつかせている。ゆったりと舞う埃の粒さえ、どこか現実感がない。彼
 はそんな中で、急に耳の奥が詰まったような感覚に捕らわれた。元より静寂に満
 ちていた空間が更に無音の世界となったが、それは返って己の耳内を走る血流の
 響きを際立たせ、焦燥焦たっぷりの雑音となってその身を苛み始めた。
  だから、次に沙希の言った言葉は良く聞き取れなかった。
 「それは……あなたにだけは知られたくなかったから………」
 「え?」
  彼は聞き返したが、彼女はその言葉をどう受け取ったのだろうか。
  俯いたまま再び口を開こうとはしなかった。
  しばらくじっとしていた彼は、固い声で切り出した。
 「おれ、帰ります」
  沙希は伺うように見上げて小さく言った。
 「やっぱり辞めちゃうの?」
 「先輩はきっと情けない男だって思うかもしれないっすけど、おれはそんな事で
 したくはないっす。やらせる代わりに辞めるななんて、おれを馬鹿にしてますよ。
 そうやって部に残った奴だって、先輩の事を馬鹿にしてるっす。おれは──先輩
 を馬鹿になんかしたくないんす」
 「ち、ちがうわ! そんな──馬鹿にしてなんか……」
 「してますよ! 身体で釣ったり釣られたり、馬鹿にしてるじゃないっすか!」
 「釣るだなんて……わたしはただみんなに元気をあげたかっただけなのに……」
  涙さえ零しかねない彼女に、彼は激しく両手を振り下ろした。
  胸の中に溢れた言葉に口がついていけずに、そんな行動になって噴出したのだ。
 「みんなみんなって! おれは先輩にそんなふうに言われたくないんすよ!」
 「え?」
  今度は沙希が呆然とした。
  彼は気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
 「おれ……先輩のこときらいじゃないっす……」
 「ど、どういう意味?」
 「みんなと同じになんかしてほしくないんす」
 「あ──」
 「おれは──帰ります。扉を開けて下さい」
  ため息をついて、彼は足元に視線を落とした。
  情けない気持ちでいっぱいだった。
  背を向けた。

 

 「ま、待って!」
  その背中に沙希は言った。
 「ご、ごめんなさい……わたし……わたし……」
  後に続いたのは小さな嗚咽だ。
  身じろぎひとつせず、いや、身じろぎひとつ出来なくなった彼は、それでも背
 を向けたままで、始めて聞く彼女の嗚咽を黙って受け止めていた。籠もるように
 流れる湿っぽい声は、何故か彼の目からも涙を絞り出そうとするように、切なく
 胸に迫ってくる。しかし男とは悲しいものだ。彼は我が身がその男に生まれつい
 た事を呪っていた。簡単に前言、そして取った行動を撤回は出来ない。くだらな
 い見栄だと重々承知しながら、重い脚を引きずって歩き出した。
  二歩で止まった。
  背中に沙希がしがみついたからだ。
  声もなく身を硬直させた彼に、
 「辞めないで……」
  という小さな声が届いた。
  背中に押し当てられているのは、きっと彼女の濡れた頬なのだろう。
  そこから感じる振動に、彼はそんな事を思った。
 「すいません……」
  最大限の譲歩で謝罪を口にして、再び脚を運ぶ。
  しかし彼女は離さなかった。
  しっかりと彼を抱きしめて、自らの胸を密着させてきた。
  はっきりと柔らかい膨らみが感じ取れる。
  それは純粋に彼を引き止めようとする行動だったのだろう。
  計算も打算も感じられないその暖かさに、彼は脚を止めてしまった。
 「お願い……辞めないで……」
 「何度言っても──」
 「わたしはあなたに辞めてほしくないの!」
  一際細い腕に力が入る。
  切羽詰まった叫びに、彼はぎくりと揺れた。
 「みんなとは違うの……あなたと一緒に国立競技場に行きたいの………」
  嗚咽は少しずつ激しくなっていった。
  それはどういう意味なのか。
  彼にはそれを尋く勇気がなかった。
  何度も頭の中でその言葉を反芻して想いを馳せる。
 「だから……お願い……辞めないで……」
  後はもう言葉にならなかった。
  激しくしゃくりあげながら、しっかりと彼を抱きしめる。
  震える彼女に、彼は始めて気が付いた。
  沙希の身体がこんなにも小さかった事。
  廻された腕の力が弱々しい事。
  何よりもひまわりのように明るい彼女でも泣くのだという事。
  かあっと胸の中が熱くなって、何も考えられなくなった。
  ひと言口にするのに、どれだけの時間が掛かった事か。
 「わかりました」
  ぴくりと嗚咽が一瞬止んだ。
 「おれ、辞めません。行けるかどうかはわからないっすけど……国立競技場には」
 「ほ、ほんとに?」
  その問いにはまだ不安の影が色濃く滲んでいた。
  彼はくるりと振り向いて笑ってみせた。
 「本当っすよ。先輩が……おれに頼んだんす……絶対っすよ」
  沙希の顔が輝いた。
  が、すぐにまた泣き始めた。
  両手を目に当てぐすぐすと鼻をすするが、それは悲しい涙ではなかった。
 「だからもう……泣かないで下さいよ」
 「ご、ごめんね……あれ……お、おかしいな……涙が………」
  無理に彼女は笑って言った。
  勿論そんな彼女を彼は見た事がない。
  女の娘にそんな態度を取られた事もない。
  始めての経験に、始めての激情が誘発されたのは必然だった。
  狂おしい程の愛しさに捕らわれて、彼女がそうしたように力一杯抱きしめたく
 なった。勢いにまかせて、その唇を奪いたかった。それでも彼はそうしなかった。
 ひとつにはまだ理性が強く残っていたからであり、ひとつにはそうするだけの度
 胸がなかったからだ。そして最大の理由は、もしそんな事をすれば、それまでの
 自分の態度が全て嘘になってしまうのではという危機感であった。沙希にそんな
 ふうには思われたくないと心底思ったものである。
  彼はぐっと堪えて瞼を閉じた。
  彼女の肩に掛かりかけた手を引き戻して、必死に自分の心と闘った。
  だが沙希は見ていた。
  気づいていた。
  わき上がる感動ともいえないうねりに飲み込まれた彼を。
  涙を拭って彼女は幸せそうに微笑んだ。
  彼に身体を寄せて、少しだけ背伸びをした。
  ふわりと空気の流れを感じた彼が目を開けた時、もう彼女の唇は彼のそれに触
 れていた。そっと、優しく、撫でるように。
  彼の胸が弾けた。
  軽く彼女に腕を廻して、次には無意識の内に抱きしめていた。
  滑らかで温かく、甘い香りのする唇に陶酔する彼は、不思議な気持ちに陥って
 いた。どう言ったらいいものか──と考えるでもなく考える。しかしすぐに考え
 るのをやめた。それまでの人生で感じた事のない幸福感は、やはり何物にも例え
 難い特別な物だった。ただ、彼女の暖かさを感じていたかった。その瞬間の彼は、
 彼であって彼ではなかった。人がそれまでに積み上げた経験によって生きるもの
 だとしたならば、彼という存在は消え失せていると言ってもいいだろう。いまの
 この瞬間の前に過去などには一文の価値もなく、またそう思う前に過去は綺麗さ
 っぱりと彼の頭から消え失せていたのだから。
  そっと身を離して、沙希がはにかんだ。
 「まだ……」
  彼は黙っていた。
 「まだキスだけは、誰ともした事がなかったの」
  そんな彼女がひどく大人にも見えるし、ひどく幼くも見える。
  彼はやはり何も言えずに黙っていた。
  とても何かを喋れそうも無い。
  小さな金属音が流れた。
  沙希が自分の上着のジッパーを引き下ろし始めたのだ。
  ぎょっとした彼は、折角の幸福感をぶち壊されるような衝撃を受けた。
  この女性は何を考えているのだろう?
  そう思ってまじまじと彼女を見つめた。
  少女は穏やかな顔をしていた。
  悲壮感も義務感もなく、勿論下心などはあろうはずもなかった。
 「先輩……」
  呟いた彼に、
 「違うの」
  と彼女は言った。
 「ただ、あなたと一緒に──」
 「………」
 「いや?」
  上着を脱ぎ去り、胸の前で抱える。
  流石に彼女の声は恥じらいにかすれていた。
  それで彼はふいに悟った。
  彼女が、そして自分がどんな状況に立たされているのかを。
  そこには汚さのかけらもない、男と女がいるだけなのだ。
 「いや……ただその……えっと……」
 「あなたの役に立ちたいの」
  ぱさりと布が落ちる音がして、沙希は白いシャツを彼に見せつけた。
  薄い布地の下には、穏やかで優しげな膨らみがうずくまっている。
  うっすらと下着が透けて見えたものだから、彼は慌てて視線を逸らせた。
 「あなたに……わたしの元気をわけてあげたいの……」
  彼女の方が身を寄せた。
  ぴったりと身体を密着させられて、彼は激しく動揺した。
  胸に寄り添うような彼女の顔は当然視界に入らない。
  顎の辺りに柔らかく触れる髪から、いい香りが漂ってきていた。
  それを嗅いで、彼の緊張はその極みに達した。
  先程感じた激情とは違う、自分の立場を認識したが故の緊張だ。はっきり言っ
 てしたくないと言えばそれは嘘になる。彼も健康な男子である以上、常にその事
 には思い焦がれていた。ただ突然それを成就させ得る状況に直面して、どうした
 らいいのかがわからない。しかも相手が憎からず──というよりは淡い憧れのよ
 うな感情を抱いていた沙希である。情けないとは思いながらも、彼はすっかり騰
 がってしまっていた。
  訳もわからずに口を開いた。
 「せ、先輩……おれ……その……始めてなもんで………」
 「そんなこと関係ない」
  己よりもずっと小さな身体に優しく抱きしめられ、彼はぼんやりとなった。
 「でも……」
 「それなら──わたしがおしえてあげる」
  沙希は見上げて、ほんのりと桜色に染まった声でそう言った。
  だがそうは言ったものの、結局沙希にしてみてもどう教えたらいいのかはわか
 らないようだった。いままではただ相手の男の子に任せていただけの彼女だ。放
 っておいても彼らは沙希の身体を求めて勝手に動いていた。そんな訳なので、彼
 女は確かに彼よりは経験があるだろうが、それはただ経験しただけの話で、どこ
 をどうしろと言えるだけの知識は持ち合わせていないのだから、いざ教えるとな
 っても巧くいかないのは仕方がないだろう。第一、彼女はそんな生臭い事を望ん
 でいる訳ではなかった。いまの彼女が望むのは、行為そのものではない。行為は
 結果でしかないのだ。ただ思うままに互いの温もりを確認したいだけだ。それが
 結果的に行為に繋がる事は理解しているだろうが、起点が違えば結果も大いに違
 ってくる事も理解しているに違いない。
  結局沙希はそれから何も言わなかった。ただ彼に身体を寄せ続けていた。
  彼はそれを感じながら、過剰な緊張からなんとか抜け出しつつあった。
  それというのも、恐ろしいような緊張は相変わらずだが、それ以上に沙希が欲
 しいという意思がわき上がってきたおかげだ。溶け合うように密着した彼女の身
 体を、隅々まで知りたいという欲求が膨れ上がる。
  彼女の背中にそっと腕を廻し、掌を当ててみた。
  そこはやはり温かかった。
  掌に感じるのは綿の手触りと、その内側にある滑らかな肉体だ。
  強烈な嬉しさがこみ上げてきた。
  間違いなく沙希という存在がそこにある。
  まったく違う人格を持つ別人同志が、こうして同じ行為に浸っている。
  彼は彼女が自分を受け入れてくれたのだと、はっきりと認識した。
  薄い背中に愛しさを感じて、飽きもせずに撫で続ける。
 「優しい手……」
  そんな彼女の呟きは、心地いい振動になって彼の掌に伝わった。
  呼吸を繰り返す度に生まれるゆるやかな起伏にさえも感動してしまう。
  ぞくりと震えて、彼女の肩に手を置いた。
  彼はその身体をそっと押し離す。
  背を丸めて顔を寄せると、沙希も顔を上げてそれを待ち受けた。
  緩く開かれたつやつやと輝く唇に、彼も開いた唇を押しつけた。
  互いの口内に、温められた吐息が入り込む。
 「ん……」
  小さく彼女が呻くと、彼の鼻孔にはミントの甘やかな香りが漂ってくる。
  柔らかい唇に己のそれを押しつけて、愛らしい感触を貪る。
  歯がかちかちとぶつかり合うこ事にさえ頓着しない。
  つい我慢がきかなくなった彼は、そっと舌を差し入れた。
  それを迎えたのは彼女の舌だ。
  ぺとりと触れた二枚の肉が、唾液を混ぜ合わせながら滑る。
  微かな歯磨き粉の香りを除けば、まったく無味無臭といってもよい沙希の唾液
 にしかし、彼は何故か彼女の味と香りを感じ取ったような気がした。
  温かい口内粘膜に刺激を受けた彼は、再び腰の辺りに灼熱感を覚えた。
  一度は血液のひいたそこに、脈動に併せて流れ込む熱い奔流。
  くちゃくちゃと鳴る口許の音に、それは益々激しくなる。
  彼はそれを隠そうとはしなかった。
  それどころか意識的に彼女の腹部に股間を押しつけてみせた。
  情欲に囚われた刹那的な行為と取られても仕方がないだろうが、彼が感じてい
 たのは単なる肉欲だけではなかった。彼にも理由はよくわからなかったが、そう
 する事が正しいように思えたのは、多分そこに原因があるのだろう。愛しいと思
 える異性に自分が興奮している事を伝えるのは、甘美なまでの崇高感──或いは
 破滅感──を伴っている。
  沙希もそれを感じているのだろうか。
  切なげに眉根を寄せながら、強張りに柔らかい腹を擦りつけている。
  あっという間に限界以上に膨れ上がった股間が疼き、彼は呻いた。
  口に流れ込んできた──いや、彼女の口内に溜まっていた唾液までも吸い取っ
 て呑み込み、ゆっくりと顔を引いた。それでも余った唾液が、ふたりを繋ぐ輝く
 糸となって緩やかなアーチを描き出し、一瞬の後に千切れて消えた。
  沙希は口許についた唾液を恥ずかしそうに舐め取って彼を見上げた。
  そしてそのまま彼を呻かせ続けた。
 「先輩──」
  苦しげに息を荒らげる彼の股間は、相変わらず彼女の腹部に揉まれていた。
  やめようとはしないのだ。
  はからずも彼の腰まで左右に蠢き出す。
 「あ……ん……」
  彼女の吐息もそのピッチを上げ始めた。
  うっとりと口許を綻ばせて無心に小さな身体を擦りつける。
  布擦れの囁きが静かに籠もった。
  時折双方の動きがぴたりと一致してしまうと、どちらかが慌てて逆の方向へと
 力の軸線をずらす。傍目には滑稽な行為に映るかもしれないが、ふたりは真剣だ
 った。
  直接触られている訳でもなく、なんでもないような刺激にしかし、彼はびくび
 くと腰を跳ねさせていた。そのものはともかく睾丸にまで、そっと触れられただ
 けで思わず背筋に震えが走る程の敏感すぎるくすぐったい快感が走る。
  似たような感覚を時折覚える事があったので特別不思議には思わなかったが、
 やはりそれを与えているのが沙希だという思考の効果は大きい。彼の吐息は益々
 激しくなり、腰の動きはすでに沙希の身体ががくがくと揺さぶられるまでに激し
 くなっている。
 「あっ……」
  思わず漏れた彼女の声に、彼は我慢の限界を唐突に超えてしまった。
  ムズリと尿道を刺激する塊が膨れ上がり、
 「ううっ……」
  と呻いて沙希にしがみついた。
  そのままびくびくと痙攣を起こして股間を強く押しつける。
  彼の股間にぱしゃりと弾ける熱い感覚があった。
  苦しいような切なさと幸福感に包まれて、彼は激しく射精を繰り返した。
  沙希はしっかりとしがみつかれながら、ただ彼の痙攣だけを感じていた。

 

  たっぷりと沙希への愛しさの証を吐き出した彼は、完全とは言えないまでも強
 い充足感に包まれていた。しかしまた同時に、酷く後悔もしていた。流石に一時
 の昂りが鎮静してくると共に、あまりに呆気なく果ててしまった事が気恥ずかし
 くてならなくなってきていたからだ。たぶん彼女は気にしないで──実際にはし
 ていても──くれるだろうとは思っていたが、身動きが取れずにしがみついたま
 までいるしかなかった。
 「あの──すいません……」
  なんとかそう言うだけが精一杯であった。
  謝る事が適切か否かという判断は二の次の台詞だ。
  沙希がすっと身を離した。
  どきどきとしながら見つめる彼の前で、彼女は優しく微笑んだ。
  それから恥ずかしそうに、
 「わたしこそ……ごめんね?」
  と彼を気づかってみせた。
  何故かひどく感動した彼は慌てて言う。
 「いや、先輩は悪くないっす」
 「ううん……恥ずかしい思いをさせちゃったのはわたしだから……」
  多分彼女に殊更の意識はなかったはずである。
  その台詞が、内心彼女も「呆気ないな」と思っている事を現しているのだとい
 う事実については、まったく気づいていないのだろう。
  だから彼もそれで救われた。
  内心はどうであれ、彼女は気にしない振りをしてくれているのである。
  それならばこちらも気にすることはない。
  そう割り切って、軽く微笑み返した。
  己の爆発的な感情と感覚を受け止めてくれた沙希は、彼の目に前にも増して魅
 力的に映った。
 「ね……」
  沙希が上目遣いで言った。
 「拭いてあげるから……」
  ポケットから──その名の通りの──ポケットティッシュを取り出す。
  ぎくりと彼は身構えて、思わず彼女を見つめてしまった。
 「ね?」
  流石にその顔はくすぐったそうな恥じらいに満ちていた。
  何を言っているのか、そして何を言われているのかは双方共に理解している。
  彼は戸惑ったが、覚悟を決めて頷いた。
  一度彼女の瞳に視線を合わせてから俯いて、膝上まで裾のあるユニフォームの
 大型ショートパンツを引き下ろした。その下にはサポーターを付けている。どこ
 となく落ちつかない気分で今度はサポーターに手をかけた。思い切ってそれを引
 き下ろす。
  現れた眺めに赤面してしまったのは彼だった。
  股間は未だに硬度を保ち続けて直立していた。
  何処までも貪欲なそれに、しかし彼は赤面した訳ではない。
  彼は雑誌等に良く出てくる表現に常々疑問を抱いていた。つまり、一度果てて
 しまった男性が即座に萎えてしまう表現にだ。確かに歳を取ればそうなるかもし
 れないとは思っていたが、若い彼がそれを感覚的に掴むのは困難だった。なにし
 ろ精神的に満足を得ない限り、一度どころか二度三度と放出を繰り返しても、彼
 のそれは萎える気配すら見せないのが普通なのである。肉体の限界に精神が付随
 するのではなく、精神的な満足のみが肉体を静められるというのが、彼の得てい
 る真実だった。だから、果てたばかりのものが雄々しく直立しているのを見られ
 る事は、誇らしい思いこそ誘発されても、無節操なそこに対する恥ずかしさはま
 るで感じては──確かに異性に見られる事に対する恥ずかしさはあるが──いな
 かった。
  彼を赤面させたのは、その場所の呈している様相である。どこもかしこも、べ
 っとりと白い粘液に塗れている。強張りといわず、陰毛といわず、濃いクリーム
 が付着してぬるついていた。膝下まで下ろされたサポーターの中にはたっぷりと
 精液が溜まっていて、あまつさえ強張りからどろりとその中へ粘液が落下するの
 だから、彼にしてみたら何か粗相をしてしまったかのような印象を受けるのだろ
 う。立ち昇る独特の匂いもどこか気まずく感じられる。
  こくりと喉が鳴った。
  驚いた彼が視線を上げたのだから、当然彼の喉ではない。
  予想外に大きく響いた音に、沙希は慌てて咳払いをひとつ。
  それでも恥ずかしさだけは隠しきれないのか、落ちつかなげに視線を彷徨わせ
 る。
 「あの──」
  と言ったのは双方同時だった。
  双方共に顔を見合わせて、これもまた同時に俯いた。
  急に甘酸っぱい気恥ずかしさが満ち始めた空気の中で、ふたりはもじもじと落
 ちつかない沈黙に包まれる。
  無言のままに沙希が動いた。
  ティッシュを何枚か抜き出すと、そっと彼の前で膝をかがめた。
  どうしたものかと思案する彼は、結局どうする事も出来なかった。
 「い、いっぱい出ちゃったね?」
  どこか震えるような声──笑い声にも聞こえる──でそう言ったのは、彼女な
 りに場の空気を和ませようとしたからだろう。
  だが言った後で後悔をしたようだ。
  返って気恥ずかしさが満ちる中、
 「えっと……」
  と言葉を探して黙り込んだ。
  それでも彼女の手は動いた。
  サポーターの中にだ。
  そこに溜まった精液を指で摘むようにしてティッシュに収めると、零さないよ
 うに取り出して、別のティッシュにくるんで傍らに置いた。しかし大量の粘液は
 一度だけで拭き取れるものではなかった。二度、そして三度と同じ動作を繰り返
 し、最後に染みついた分を強く擦ってなんとか始末を終えた。
  彼はその様子を見守りながら、必死に震え出す膝を宥めていた。何度覚えたか
 知れないが、その度に新たになる感動と、愛しさと、そして欲情から来る膝の震
 えだ。献身的に後始末をする彼女の姿に、感謝の念さえ抱いていた。
 「ど、どうもっす……」
  ぽつりと言った。
 「ど、どういたしまして」
  下から沙希が応える。
  しかし見上げる彼女の視線は、ちらちらと彼の股間に注がれていた。
  それを感じた彼のものがひくひくと跳ねる。
  またしてもこくりと喉が鳴るに至って、沙希は切羽詰まった声で言った。
 「こ、こっちも拭いてあげる」
  言うのと行動は同時だった。
 「あっ」
  叫んで彼が腰を引くより早く、彼女の口は強張りを含んでいた。
  まだぬるぬると汚れた股間に顔を押しつけられた彼は、驚きと申し訳なさにま
 とめて襲いかかられて戸惑ったが、すぐにそれは霧散した。熱い舌と口内粘膜が
 ずるりと強張りに絡みついたからだ。沙希に経験がある事は理解していたが、積
 極的な行動と貪るように蠢く舌の感触は、どうしてもその清純な外見とは相いれ
 ないものがあったが、それだけにいやらしい水音をたて、うっとりと瞼を閉じて
 強張りを頬張る姿に興奮を促される。本来はそのような行為をする場所ではない
 部位が、ひとたび持ち主の意思が加わると、これほどの威力を発揮するのだと思
 い知った事も、また本来そこに備わっている機能、物の味を感じ取れるという事
 も、彼女が己の味を感じているに違いないという事実と共に彼に迫ってくる。
 「うっ……せ、先輩っ……」
  彼はのけ反った。
  始めてそこに感じる快感は堪え難かった。
  沙希は彼の尻に両手を廻し、両掌をあてがって前後に軽く揺すった。
 「んふっ……」
  動き始めた強張りに甘ったるい吐息を漏らして、自らの頭も前後に揺する。
  彼女はまとわりついている精液を舌で舐め取り、口中に広がる生臭い粘液を喉
 の奥に滑り込ませた。溢れ出る唾液は自身の唇の周囲にまで零れ出している。鼻
 の頭は彼の陰毛の中に没して、そこにまで白いクリームをこびりつかせていた。
 頬どころか目元から鼻まで桜色に染めて、必死に彼を悦ばせる。いや、悦ばせる
 というよりは自分がそうしたかったからしているのかもしれない。
  ぬらりぬらりと滑る、彼女がそのようにいやらしく動かせるものなのかと思う
 ような舌に、とうとう彼は屈伏した。
 「あっ──お、おれもう──っ!」
  叫んで小さな頭を両手で鷲掴みにしてしまった。
  それ以上動かされたらとても耐えられそうになかった。
  察した沙希は、それでもしばらくしゃぶり続けた。
  それから名残惜しそうにぬるりと強張りを吐き出して、まとわりついた唾液を
 吸い取って飲み込んだ。
  唾液と精液に汚れた顔を上げて、濡れた瞳を揺らめかせた。
  立ち上がって、切なげに囁く。
 「お願い……わたしにも……触って……」
  煽情的な懇願に胸をときめかせた彼は、すぐにそれを受け入れた。
  今度は自分から手を出して、胸の膨らみを包み込む。
  上着が取り払われたそこは、薄い生地一枚と下着だけを残して、ふんわりと弾
 力を返してくる。多少ごわついた下着もまた、歪むように捩じれて彼の性感を強
 く煽り立ててくる。
  無心に何度もそこを揉む彼に、
 「ああ……あったかい……」
  と沙希が甘えた。
  主導権を取られっぱなしだった彼は、その言葉に自信を得た。
  男としての喜びに満ちて、なお激しく指を蠢かせる。
  時々彼女の柳眉が歪むのは、その動きが強すぎるからだろう。
  それでもやめてとは言わないし、彼もやめる気はなかった。
  多少乱暴に女の娘を扱う事が楽しかったからだ。
  もちろんやめてくれと言われればすぐにやめただろうが、彼女が黙っている事
 もまた喜びに成り得ていた。
  彼の行為はエスカレートの一途を辿った。
  興奮で緊張を隠して、するりと彼女の股間に手を導く。
  それでも腹の上で動きが止まったのは、やはり強く感じている戸惑いの為か。
 「うん……いいよ……」
  そんな彼に彼女は頷いた。
  何を言うまでもなく許可を与えられて、彼は嬉しかった。
  互いの心が通じ合っているのだと思えたからだ。
  ジャージの上から、むっちりとしたふとももの間に手を差し入れる。
 「う……」
  軽く呻いて、彼女の腰がぴくりと引かれた。
  彼の掌は、軽く彼女の股間を覆っているだけだ。
  それだけでも彼にしてみたら卒倒しそうな事である。
  血液が逆流しそうな胸中のざわめきで、指を動かすことすら出来ない。
  そこに柔らかい圧迫感。
  彼女の方で腰を滑らせ始めた。
 「あん……あっ……」
  呻きながら、ひとりで快感を得ている。
  よほど興奮しているのだと見て取った彼は、そこに力を得て指に送った。
  汗に蒸されて湿った布地越しに、そうそうと触れる事は叶わない部分をまさぐ
 る。可愛らしい呻きがそれにあわせて跳ね上がる。彼女の腰がひくひくと痙攣を
 始めたのを感じては、更に奥へと刺激を送り込む。
  彼女の尻の谷間に、彼の中指が現れた。
  それだけ深く指を進めたという事だ。
  きゅっとそこに食い込ませる。
 「ひっ──」
  一瞬白目を剥いた沙希がのけ反って、すぐに蕩けた。
  ふとももを擦り合わせて彼の手首を挿む。
  彼はくすぐるように刺激を送ってみた。
  跳ねる喘ぎが切実な響きを伴ってくる。
  彼の股間にもそれは響く。
  危うく精液を漏らしそうになってしまった。
 「や……濡れちゃう……」
  恥ずかしげもなく漏れたうっとりとした言葉に、ついに彼は切れた。
  息を荒らげたまま、無言で白いシャツの裾をまくり上げる。
  もどかしい思いでそれを引き上げる彼に、沙希は両手を上げて協力した。
  白い布地の下から、上気した、しかしそれが為に尚白く輝く素肌が現れる。
  簡素なデザインの下着もまた、彼女の清潔さを現しているようだった。

 

  「きゃっ!」
  彼女が小さく叫んだのは、マットの上に押し倒されたからだ。
  彼はその上にのしかかって、じっと美しい半裸の肉体を見つめた。
  汗がひと雫額から落ちて、白い頬に弾ける。
  ただ無言で背中を起伏させる彼に、沙希はそっと微笑んだ。
  それが合図だったのだろう。
  彼は白い身体にむしゃぶりついていった。
  ほぼ全体重を小さな身体に載せる。
  下から押し返してくるクッションが心地いい。
 「あはっ……」
  首筋に顔を埋められて、彼女は小首を傾げて小さく悲鳴を上げた。
  彼は滑らかなそこを無心で舐めた。
  ほんのりと塩辛い汗の味と、たぶん彼女本来の味であろう甘い脂の味。
  冗談ではなく、彼はその肉を喰い千切って胃に収めたくなった。
  食欲とは無縁──それとも直縁か──の、強い愛欲から導き出された欲求だ。
  首筋が唾液でぬらぬらと光ると、次の場所へと進む。
  それは細い鎖骨から、胸の膨らみまでの広い空間だ。
  彼は女の娘の胸というのが、意外に下の方にあるのだという事をその広さから
 始めて知った。
  一点のくすみもない──いや、よく見れば微かにそばかすの散った肌に、思わ
 ず頬を擦り付けてしまう。
  それから耳をじっと当てた。
  規則正しく響く呼吸音の奥から、やはり規則正しく響いてくる鼓動に、彼は震
 えて呟いた。
 「おれたち……生きてる……」
 「うん……あなたと一緒に生きてる……」
  ふたりは視線を合わせて一時瞳で語り合った。
 「きて……」
  細い腕が彼の背中に廻された。
  そっと顔を寄せる彼。
  沙希は頭を持ち上げて、ハート型の舌を延ばした。
  そのまま彼の唇を舐める。
  頬も、鼻、瞼にまで舌を這わせる。
  温かく優しい愛撫に、彼はじっと身を委ねていた。
  しばらく彼女の成すがままになってから、もうひと舐めしようと延ばされた舌
 に吸いついた。彼女はうっとりと舌を差し出す。ふたりの舌が空中で触れ合い、
 滑り、互いの性感を昂めあった。
  満足した彼は、ふと視線を落とした。
  そこにはふたつの膨らみが魅力的に盛り上がっている。
  しかしそちらに行きたいのをぐっと堪えて、もうひとつの魅力的な場所へと頭
 を移動させた。沙希はそれを感じて少しだけ戸惑ったようだったが、すぐに腕か
 ら力を抜いた。
  二の腕を持ち上げると、彼は迷わずそこに鼻を差し入れた。
  彼女の腋の下、柔らかい皮膚が造る窪みの中へ。
  彼女はそこも滑らかだった。
  無毛のそこは、決して彼女が手入れをしているからではない。
  そう思わせる程の滑らかさだ。
  ぷんと香る甘酸っぱい空気に、何かを求めるように舌を延ばす。
 「やはっ……は……」
  可愛らしい嬌声に、彼の舌に絡まる汗。
  何度も何度も舐めた。
  痺れるような疼きを感じて、彼はとても幸せだった。
  しかし微かな匂いに嗅覚が順応するのにそう時間はかからなかった。
  そうなるともう何も嗅ぎ分ける事は出来ない。
  残念に思った彼は、そうしながら片手を乳房に差し向けた。
  下着ごとこね廻すように揉む。
  途端に沙希の声質が変わる。
 「あは……ん……はぁ……」
  もじもじと身体をくねらせるのは、快楽の証であろう。
  彼は何故女の娘には乳房があるのだろうかと考えた。
  何故男はそこに執着するのだろう。
  答えは出なかったが、きっとそこが沙希の胸だから、自分は魅かれているのだ
 ろうと思った。この際他の男の事などには構っていられない。いまは自分がただ
 ひとりの男であって、彼女はただひとりの女なのだから。
  彼は彼女の背中とマットの間に手を差し入れた。
  心地いい重量感の中で、下着のホックを探り当てる。
  指をひねると、ぷつりという響きが音ではなく振動で伝わってきた。
  強い興奮を感じながら、綺麗なカップを引き離しにかかる。
  難なく成功を収めた。
  彼女の体温をたっぷりと含んだライトブルーの下着を握りしめて、彼はそこを
 凝視する。
  彼女の乳房は大きくはない。丁度彼の掌に納まる程の大きさだ。だがそこから
 受ける印象には、何故かたっぷりとしたボリューム感があった。それはきっと彼
 女の身体全体に見られる、女の娘らしい肉付きの良さがもたらすものなのだろう。
  その乳房が震えていた。あるかなしかの動きにも、柔らかく反応を示している。
 これ程までに外部の力に反応を示す物体となれば、それは脆弱で、簡単に崩壊し
 てしまう物体に違いないのだが、当然ながらそうはならない。その形を保ってい
 る事さえ奇跡的と思われるのに、柔らかく揺れた後は弾けるような復元性を見せ
 て、ふっくらとした丸い肉丘に立ち戻る。
  とはいえそれはただの丸い丘ではなかった。年下の彼が見てもまだ未熟な印象
 はあるものの、決して真円ではなく、微妙なラインを描いて立体を成している。
 それだけに彼の目には美しくも愛らしく映る。それが間違えようもない女の娘の
 乳房であり、優しい沙希の胸なのだと思わせるからだ。小さくもなく大きくもな
 く、ただ色だけはどこまでも可憐な乳首の姿も、その思いを一層強力に後押しし
 てくる。
  感動を新たにした彼は、いつまで経ってもおさまらない震えを伴った指で、温
 かい肉の造形物に触れてみた。
  ぷくりとへこむ。
  指の添えられた場所を中心にして、滑らかな陰影を伴った円錐状の窪みが出来
 る。そこに皺ひとつ出来ないのは、彼女の皮膚に素晴らしい伸縮性があるからだ
 ろうか。始めて何の邪魔もなしに触れたそこに、畏怖ともいえるような感動を覚
 える。
  今度は掌全てで包み込んでみた。
  上からは覆わない。下から持ち上げるように包む。
 「はぁ……」
  沙希がゆったりとした吐息を漏らした。
  それ程敏感そうには見えない乳房に彼女が反応を示すのが、彼には不思議だっ
 た。そしてはたと思った。きっと自分が触れているからこその反応なのに違いな
 い。まったくの自惚れかもしれないが、せめていまだけはそう思っていたい。い
 や、自惚れでも構わない。いまだけはそう思っていいだけの権利があるはずだ。
 「先輩──」
  伺うような彼に、
 「うん……」
  と彼女は頷いた。
  抑えがきかなくなった。
  乳房を限界近くまで握りしめた。
  沙希は身を堅くして眉根を寄せるが、いやがっているようには見えない。
  それぞれの指を肉に沈ませながら、彼は彼女を弄んだ。
  自分がその感触を求めているのか、それとも彼女に快感を与えたいが為にして
 いる事なのかの判別は彼にもついていない。ただ、全身から滲み出てくる焦りの
 ような衝動に突き動かされて指を蠢かせているだけだ。まるで彼の身体全体が彼
 女を求めているかのようだ。決して頭で考えた思考ではなく、細胞のひとつひと
 つが激しく彼女を欲している。それだけに欲求に応えている悦びは大きい。それ
 こそ身体全体に広がる充実感だ。
 「先輩……柔らかい……先輩……」
  彼は我知らずにそう呟いていた。
 「もっと触って……」
  その呟きは意識しての事なのか。
  かすれた喘ぎの中から絞り出された声音からは判別出来ない。
  彼は掌を真上から膨らみにあてがって、押しこねながら乳房を潰しにかかった。
  奥歯で瑞々しい果実を噛みしめたような弾力が返ってくる。
  ぐにゃりと広がったそこは、どこまでも忠実に掌についてきた。
  面白いようにあちらへこちらへと質量を移動させる。
 「あっ……や……」
  沙希はひとさし指の背を噛んで何かに堪えている。
  いじらしい姿に彼は燃え立つ。
  一度掌を離すと、四本の指は乳房のまわりに遊ばせ、ひとさし指だけを膨らみ
 の頂に近づけた。流石にそこに触れる瞬間は腰に痙攣が走ったものである。
 「ひんっ──!」
  しかし痙攣を起こしたのは彼だけでは無かった。
  ほんの少し、それこそ撫でるように乳首に触れられただけで、彼女は喉をさら
 け出して大仰な悲鳴を上げた。どうやら人一倍そこの感度がいいらしい。それと
 も触られる事を期待し続けていたからだろうか。
 「ああ……う、うれしいっ」
  上擦った声で彼女は宣言した。
  彼もその気持ちは同じだった。
  柔らかく撫でていた指で、今度は短い棒状の突起を強く摘む。
  耳たぶのような堅さ──又は柔らかさ。
 「くっ───」
  沙希の息が止まった。
  彼が力を緩めると、詰まっていたそれは肺から漏れ出して揺れる。
  軽く捩じると、今度は首を左右に振る。
  擦り上げるとびくびくと腹を波うたせて泣きそうな声を上げる。
  まるで彼女をコントロールしているかのような状況に、彼は背筋を震わせた。
  人体が自らの肉体に与える不可思議で甘美な現象は、何処か神秘的だ。
 「ふ……い、いい……ひっ……」
 「せ、先輩……」
 「たっちゃうよぅ……」
  その言葉とそれはどちらが早かったか。
  彼の指の間で、彼女の乳首が反抗を示した。
  むくり、むくりと体積と硬度を増す。
  よく見ると乳輪までもがぷっくりと盛り上がってきている。
  女体の示した自分にもよく分かる──確かにまったく同じとはいえないが──
 反応に、彼は強い疼きを覚えた。
  滑稽な程にひょっこりと立ち上がった乳首は、更に感度を増したようだ。
  卑猥な感触に誘発されて彼がそこに舌を絡ませると、それは顕著に証明された。
  自らの唾液のせいでぬるついた突起を味わった瞬間、
 「くぅっ──」
  と沙希が喉を鳴らし、次いで彼の頭を押さえ込んで、
 「やはっ……あっ……ひ……」
  と続けざまに鳴いてみせた。
  彼は股間を沙希に擦り付けながら彼女を鳴き続かせる。
  びくびくと跳ね上がる身体に変化が現れた。
  時折に寒さに震えるように小刻みに筋肉を振動させる。
 「こ、擦ってぇ……もうちょっと……もうちょっとなのっ!」
  何がもう少しなのか。
  彼は考える前に望みを叶えてやった。
  舌先を懸命に使って少しだけざらついた突起に刺激を送る。
 「あっ……やっ……いっちゃう……」
  驚いた彼は舌の動きを止めてしまった。
  彼女の恥ずかしい台詞にではない。
  彼にしてみればまさか乳首を舐めているだけで──という思いがあったからだ。
  しかし彼女は必死になって叫んだ。
 「やめないで──っ!」
  乳房が潰れるほど強く彼の頭を抱え込む。
  鼻孔を柔肉で塞がれて、彼は再び舌を動かし始める。
  すぐさま歓喜の鳴き声が甘く響き出した。
 「ひ……すご……ああっ……いくっ……」
  彼女は何度も「いく」と声に出したが、そこから先には中々達しなかった。
  延々彼は十分ちかくも乳首を舐め続けた。
  もうそこは唾液でふやけている。
  彼女は引きつったような呼吸をしていた。
  あまりに長く続く快感に苦痛さえ覚えているのかもしれない。
  哀れに思った彼はとどめをさそうと奮戦した。
  歯をあてがい、根元を締めつけながら舌を這わせる。
  唇で挟んでピストン運動の真似事までしてみせた。
  その甲斐はあったようだ。
  何が最後の高みまで彼女を引き上げたのか。
 「あっ──ああっ────!」
  かくかくと痙攣をその身に纏い、沙希は果てた。
  彼を抱きしめながらぶるぶると震えて──くったりと力無く果てた。

 

  四肢を投げ出して満足そうに瞳を閉じる彼女の姿を見ながら、彼も満足感に包
 まれていた。沙希が性的絶頂を迎え、そしてそれを与えたのが自分なのだと思え
 ばこその満足感に。
  しかし感じていたのは満足だけではない。強い渇望も抱いていた。彼女が感じ
 たであろう絶頂感を思うにつけ、一刻も早く己もそれを感じたくなっていたので
 ある。もはやそうそう長くは耐えられそうにない事は、何もしなくとも勝手に漏
 れ出しそうになる精液の感触が教えてくれた。
  彼はぴくりとも動かない彼女の股間に手を延ばす。
  流石に腹部に触れた瞬間には、彼女も反応を示した。
  しかし何も言わないし、何の行動も見られない。
  慎重にジャージのゴムの締めつけを排除して指を進ませる。
  もう一枚薄い締めつけがある。
  彼の指は下着の中にまで入り込んでいた。
  指先に感じたさらさらしたものは、彼女の陰毛であろう。
  沙希にもそんな物があるのだと思いつつ、それでも動きは止めない。
  指の隙間に陰毛は入り込み、それから掌をくすぐる。
  もうそのあたりから彼はそこの肉の柔らかさを感じていた。
  吐き気を伴う程の緊張を持って、ここと思う辺りに中指を送る。
 「あひっ……」
  突然白い身体が魚のように跳ねた。
  彼の指は熱い肉に挟まれていた。
  いや、肉というよりは温水に攪拌された軟泥の中に指を入れたようだ。
  彼はそう思った。
  絡みつく感触は非常に複雑だ。
  しかし滑らかさはそれを否定してくる。
  ぬるりと股間の傾斜に沿って指を送ると、更に沙希が跳ねた。
  指が伝えてくる感触を頼りに、彼は想像してみた。
  そこはひと言で言えば割れ目だ。
  ぷっくりとした肉の合間にある、すぐに傷つきそうな粘膜の谷間。
  しかも酷く濡れている。
  濡れているというよりは、粘液に塗れている。
  沼地のようにぬかるんでいる。
 「そこ……わたしの……あっ……」
  彼女がうっとりと言った。
 「ここが……先輩の……」
  彼は心此処にあらぬように言った。
  後はもう、無言で指を滑らせた。
  谷間を何度も往復させる。
  そこからくちゃついた音が漏れてくる。
  よもやこれ程までに濡れるものとは──。
  彼は沙希の漏らした液体にも愛しさを感じていた。
 「あうっ!?」
  驚いたような悲鳴の後、彼女は腰を持ち上げた。
  驚いたのは彼も同じだった。
  或いはそれ以上の驚きだ。
  それはまったくの偶然だったが、彼の指は彼女の胎内へともぐり込んだのだ。
 「あ──」
  立ちすくんだような彼は、息を飲んで呆然とした。
  勢いのついていた指は、相当深くまで入っている。
  第二関節の辺りまで、肉の筒に柔らかく包まれていた。
 「あの……」
 「あひんっ」
  何と言ったものかと彼が身じろぎをすると、沙希は滑稽な悲鳴を上げた。
  彼は進退極まった。
  なにかまずい事をしてしまったのかもしれない。
  そう思えてならなかった。
  しかし彼女は満足そうだった。
  彼が動かないでいると、自ら腰を振り出した。
  ぬるぬると彼の指を扱く。
 「ゆ、指っ……指が……ああっ……いいよぅ……」
  はしたなく鳴く。
  ばたばたと手と言わず脚と言わずにばたつかせ、その表情は実に嬉しそうだ。
 それまでのともすれば苦痛に歪むような顔ではない。笑顔のようにも見える。う
 っすらと涎までが口許を汚しているのを見れば、いかに快楽に浸っているのかが
 知れようというものだ。
  胎内を貫かれて悦ぶ彼女に、彼は何故か驚愕した。
  それはつまり、やはり彼女に経験がある事の証ではないか。
  実感として改めて悟って、彼女との距離が開いたような寂しさを覚えた。
  その距離を縮めようと指に力を送る。
  考えなしに関節を曲げたその動きは、やはり経験の無さの為か。
 「いたっ……」
  沙希の動きがぴたりと止まった。
  彼は慌てて指を引き抜く。
  ちゅぽんと、今度は音ではなく指の感触からそう聞こえてきた。
 「す、すんませんっ──」
 「い、いいの……気にしないで……」
  上気した頬で微笑む。
  彼には分からなかっただろうが、彼女の膣壁は爪に痛みを覚えたのだ。
  確かに彼は爪を切りそろえていたので気が付かなかったかもしれないが、それ
 程気を使っていた訳でもなく、もちろんやすりをかけていた訳でもないので、乱
 雑に切られたサイドの部分が尖っていた。敏感な彼女の粘膜は、その僅かな部分
 に痛覚を刺激されたのである。
  彼は何処がまずかったのだろうかと、引き抜いた指を調べてみた。
  それは光っていた。
  彼女の体液に包まれて、匂い立つように輝いている。
  親指に擦り付けてみると、見事なまでに摩擦を軽減してくれる。
  そっと離すと糸を引いた。
  彼が何をしているのかを沙希が悟った。
 「や、やだ……」
  どういう心境なのか、今更のように照れて呟く。
 「あんまり──みないで」
 「あ──でも……」
 「なに?」
 「始めて見たもんで……」
 「──もうっ」
  照れ隠しの為か、どこかいたずらっぽい瞳で彼女はふくれた。
  あまり見せた事のないそんな仕種に、彼はごくりと喉を鳴らしてしまう。
  ついと彼女の下半身に目をやって、
 「あの……い、いいっすか?」
 「え? 何が?」
 「その……」
  今度は自分の股間に。
 「あ……」
  彼女はひくつく強張りに気づいた。
 「おれ……もう……」
 「ご、ごめんね、気がつかなくて」
 「いえ……」
  彼もまたそんな会話に照れを感じた。
  押し殺すように体の位置を彼女の足元に移す。
  そっと彼女の腰を締め付けるジャージに指を掛ける。
  沙希は少しだけ腰を浮かせた。
  するりと下ろす。
  彼はそうしながら、なるべく彼女の股間は見ないようにしていた。
  宝物は最後までとっておきたい。
  洗濯石鹸の香りのする化繊のズボンを全て脚から抜き取ってから、彼はやっと
 の思いでそこを見た。
  ライトブルー。
  彼女の下着の色がまず飛び込んでくる。
  見ただけでそれが薄いと知れるのは、柔らかく、しかしはっきりと寄った皺に
 よるところが多い。恥丘から股下へかけて何もなく、ただ滑らかな傾斜が続いて
 いるのは、男女の性差を理解していてもどこか釈然としない眺めだ。果して女性
 が男性のそこを見た時にも同じように感じるのだろうか?
  彼が凝視しているのを見て、彼女は何かを差し出すように脚を開いた。
  感謝を心の内で述べつつ覗き込んだ彼が固まった。
  彼女の股間は濡れていた。
  はっきりとそれがわかる。
  ぺったりと張りついた布地は、滲み出すような液体に塗れていた。
  それは想像以上の景観だった。
 「すげ……」
  つい彼は漏らした。
 「ど、どうしたの?」
 「汁が……」
  かあっと彼女は真っ赤になった。
  まだ赤くなれるのかと思うほどだ。
 「し、汁だなんて……そんな……」
 「あ──す、すんません……」
  彼は謝罪したが、沙希は言った。
 「は、はやく脱がしちゃって」
  果してどちらが恥ずかしいのかと思える台詞に、しかし彼は頷いた。
  それはもちろん彼の望むところであったからだ。
  再び全細胞が歓喜の焔を吹き上げ、しかしそれを逃がすまいと収縮する毛穴が
 作り出した高揚感の中で、彼の指は彼女の下着に取りついた。
  丁寧に引き下ろすと、どこかで濡れた音が響いた。
  恐らくは股間に張りついていた布地から漏れた音だろう。
  薄い布が膝頭を通過する頃には、それはくしゃりと丸まって一塊の繭になって
 いた。いかに慎重を期しても、どうしても丸まってしまう。彼はそんな所にも女
 の娘の存在を強く感じていた。
  結局そのままの形で足首から引き抜く。
  脱け殻となったそれは、どこまでも小さく見えた。
  しかしそれに見とれるような事はなかった。
  すぐに視線を返し、彼女の股間へと。
  もう一度喉が鳴った。
  今度はふたりの喉が同時にだ。
  彼の網膜は生まれて始めて、しかも待ち望んでいた光の反射を捕らえていた。
 視神経は即座にそれを脳に送り、更に様々な電気信号のやりとりを限界以上のス
 ピードでこなし、その映像の意味を解釈、そして彼に全てを伝えた。つまりそこ
 は──。
  触れた事のある場所は、しかしまったく見知らぬ場所であった。
  柔らかそうな──事実柔らかかった──陰毛に縁取られた彼女のそこは、やは
 り濡れて光っていた。不思議に思える程に静まり返っている肉の谷間は、後から
 そうしたのではないかと疑う程の、しかし極自然な色合いを見せている。良くは
 見えないが、確かに複雑でありながら単純だという、矛盾する印象を持った造形
 物のようだ。
  それこそ決して手に入らないと理解していながら、しかし絶対に諦めきれない
 物を思いがけなく手に入れた時のような喜びを感じながら、彼は彼女の脚の間に
 頭をもぐり込ませた。
 「あ、待って」
  慌てて言って、沙希が脚を閉じた。
  桜色の粘膜が、ふっくらとした肉に護られて内に籠もった。
  もう少しというところでシャットアウトされた彼の落胆は大きい。
 「ど、どうしたんすか?」
 「あんまり顔を近づけないで」
  彼はむっつりと黙った。
  何故ここにきて拒絶されるのかがわからない。
 「あの、ね……今日、汗……かいたから……」
  理由は彼女がそう告げた。
  なるほどと納得はしたものの、やはり彼は我慢が出来ない。
 「そんなこと──」
 「でも……はずかしいから……」
 「でもおれ……」
 「ごめんね?」
  済まなそうに、そして恥ずかしそうに謝られて彼は引き下がった。彼女が恥ず
 かしがるのは、いまここにいるのが自分だからなのだと悟ったからだ。
  嬉しさ半分、無念さ半分で彼は言う。
 「わかったっす……でも……」
  恥も外聞もなく自らの強張りを握りしめた。
  彼女は無言で股を開いた。
  丁度そこに自分の身体が納まる事を確認して、彼の無念は晴らされた。
  人間というのはなんと巧く出来ているのだと関心すると共に、女の娘がそうや
 って自分を受け入れる準備をしてくれた事に感激しつつ、もぞもぞと居心地のい
 い空間に腰をもぐり込ませる。
  そこで彼女に身体を合わせてしがみついた。
  どういう行動を取ればいいのかわからなかったからだ。
 「先輩……」
  苦しげに呻いて、腰の位置を変える。
  先端が何度も彼女の股間に触れては滑った。
  その度に射精の危機が迫る。
 「ううっ……」
  もどかしくなって、ぐいっとばかりに腰を迫り出した。
 「いた……そ、そこ……違う……」
  当然のように彼女がそう言った。
  手も添えず、腰ばかりを動かしているのだから当然だ。
  何しろ何処に入れたらいいのかがまった分かっていない。
  ぼんやりと頭の片隅で、上体を起こして場所を確認しながらすればいいのでは
 とも思ったが、彼はどうしてもしがみついた柔らかい身体から離れる気になれな
 かった。
  遮二無二彼女を突つきまわす。
  暴走気味の年下の少年に、彼女はそれでも何も言わなかった。
  しっかりと彼の背に手を廻し、時々眉根を寄せる。
 「あ……ひっ……」
  時々呻くのは、固い肉が敏感な部分に触れるからだろう。
  ついに彼が取り乱して叫んだ。
 「先輩──たすけて……っ!」
  必死に自分を求める声に、切なげに彼を最後に抱きしめて、
 「離れて……」
  沙希は言って彼の肩を押した。
 「先輩っ!」
  彼は戦いた様子でしがみつく。
  愛想を尽かされたと思ったらしい。
 「大丈夫……ね?」
  安心させるように言うと、それでやっと彼は身体を離した。
  沙希の顔を見ようとはしない。
  情けなくてまともに見られない。
 「見て……」
  沙希は言いながら上体を起こした。
  それからゆっくりと上半身から背後を向き、次いで下半身をもそれに倣った。
  白い背中に無言の凝視を送る彼の前で、彼女は次の行動に入った。
 「先輩……」
  呆然と言う彼に、彼女は尻を突き出した。
  両掌と両膝で体重を支え、持ち上げた尻を差し出したのだ。

 

  犬のような少女の姿に、しかし彼は一分の侮蔑も感じなかった。
 「こ、これなら……わかるでしょう?」
  それどころか恥ずかしそうな声に強い感動を覚えていた。
  何故彼女がそんな行動を取ったのかを考えていたからだ。
  他にやりようはいくらでもあったはずである。
  しかしそうはしなかった。
  きっとそれは──。
 「ほら……こ、ここよ……」
  彼女は脚を開いた。
  その場所がはっきりと見て取れる。
  つまり自分に自信を与えたかったのに違いない。
 「先輩……」
  彼はふらふらと尻に近づいた。
  彼女の尻は綺麗だった。
  谷間が深い。
  それだけ丸い丘はぷっくりとふくれて見える。
  小さな、しかし優しさをたっぷりと内包したそこに掌を当てる。
  握ってみると、乳房とはまた違った柔らかさが返ってきた。
  圧縮される肉の音が聞こえてきそうな眺めである。
  そこを押し広げる彼。
 「あ、いやっ……」
  微かに抵抗を示す彼女の筋肉の蠢きさえ心地いい。
  そうするまでもなく見えていた尻孔がはっきりと存在を明らかにした。
  ほんの少しだけ盛り上がったクレーターのようなそこは、小さなものであった。
  環状の括約筋がひくりと収縮する。
  空気が触れる事でどんな状況になっているのかがわかるのだろう。
 「は、はずかしい……」
  沙希がそう呻いた。
  彼の視線はその下に移る。
  前から見た時とはまた違う眺めがそこにはあった。
  より一層強調されたのは、二枚の肉の膨らみだ。
  その合間に捜し求めている場所がある。
  彼女が出来るかぎりにと脚を開いてくれたお蔭で、難なく見つける事が出来た。
  尻孔のすぐ下に柔らかく息づく肉孔がある。
  そこに入れるのだと意識した瞬間、彼は指に覚えた感触を思い出していた。
  つい発作的に彼女との約束を破ってしまったとしても、彼に罪はないだろう。
 「だ、だめっ!」
  彼は尻の合間に鼻を押し入れ、粘膜に吸いついていた。
  ほんの少しだけ生臭い異臭が鼻孔をついたが、彼はそれを歓迎した。
  甘酸っぱい性臭も漂ってくる。
 「すごく……いい匂いがする……」
  それは嘘偽りのない感想だった。
  だが彼女は悶絶した。
 「やっ──だめぇ!」
  すぐに蕩けた。
  彼の舌が動き始めている。
 「あっ……あんっ……やっ……あはっ……」
  所構わずに舌が這い回る。
  肉に挟まれる圧迫感と、彼女の体液の味は素晴らしかった。
  ずるずると啜りながら尚も激しく舐め続ける。
  びくびくと彼女のふとももと尻も反応を示し始めた。
  彼は尻孔までも己の唾液を塗りたくった。
  不潔感は微塵もない。
  愛しい彼女の味をどこまでも知りたかった。
 「ん~~っ……は……ああっ!?」
  喉を引きつらせて彼女も応える。
  恥ずかしさは確かにそれとわかる強さを残しながら、彼女の脳内で快楽へとそ
 の性質を変化させたらしい。
 「すご……い……よぅ……ああっ……」
  喘ぎ声は彼女のものでありながら、まったく別人のもののようにも聞こえる。
  女の娘の特別な声なのだと彼は理解した。
 「そこっ……ひんっ……」
  尻を振って彼の顔を粘液で汚す。
  背中を波うたせて、急速に性感を昂めているようだ。
  時折喉を鳴らしながら彼女を貪る彼に、
 「わたし……もうっ……いっちゃう……」
  と声が掛かった。
  彼は懸命になって奉仕したが、それを止めたのはやはり彼女だった。
 「だめっ……ほんとに……ひっ……や、やめてっ」
  それは真実なのかどうか。
  彼には判断がつかない。
 「いくっ……だめ……お、おねがいだから……」
  懇願が切実さを帯びて来ると、彼女はついに屈して叫んだ。
 「まだだめ……あ、あなたの……お、おちんちんでいかせてぇっ!」
  途端に彼の動きが止まった。
  激しい台詞に心臓を鷲掴みにされたのだ。
  慌てて縦膝になると、強張りを彼女に押し当てた。
 「はやく……おねがい……」
  尻が押しつけられた。
  そのせいで狙いが逸れる。
  ぬるりと尻の谷間を強張りは滑った。
 「うう……」
  呻いて、彼は再び態勢を整える。
  一瞬、妊娠の心配が脳裏を過った。
  すぐに追い払う。
  その時はその時だと割り切った。
  いや、むしろそうなる事を望んだのかもしれない。
  後悔しない自信は絶対的だった。
  きっと彼女も同じだろうと、盲目的に信じてもいた。
 「あうっ!?」
  彼はのけ反って鳴いた。
  ずるりと、とうとう彼女の体内に納まったのだ。
  何処が痒いのかがわからない。確かに感覚は曖昧ながらも足の指が痒いのだと
 告げているのに、そこを掻いても一向に癒されはしない。もどかしい苛立ちの中、
 ふいに痒みの発信元を突き止め、心行くまで爪を食い込ませる。彼の脊髄を走り
 抜けた快感は、そんな時の爽快感に良く似ていた。ただし強さはは百倍だ。それ
 もただの爽快感ではない。爽やかさはそこには関知していない。存在するのはど
 こかどろどろとした、冥く後ろめたい、身悶えするような性の爽快感である。
 「くぅっ……う~~っ!」
  彼女は背筋を震わせて悦んだ。
  ふいに彼は世間から自分が切り離された事を感じ取った。
  それまで両親や友人や、その他の色々な人々に支えられ、そして庇護を受けな
 ければ三日と持たずに死んでいたであろう自分という存在に唐突に気づき、そし
 ていまのこの瞬間をもって、自分は全ての庇護を振り払って「自分の生」を生き
 ているのだと理解した。
  独立感は、強張りから強く感じられた。
  ねっとりと絡みついてくる彼女の温かさがそう伝えてくる。
  震えるその声が告げてくる。
  ひとりの女をひとりの男が幸せにする。
  なんと素晴らしいことだろうか。
  歓喜に腰がわなないた。
  ぬるぬると彼女の胎内を擦りつける。
  灼熱感が──凍傷を起こすかと錯覚するような──強張りを襲ってくる。
  失禁してしまうような肉の感触だ。
  ぐちゅりとした発泡感もある。
  根元は彼女の二枚の肉がふっくらと締めつけてくる。
  あまりの快感に、彼は射精すら出来なかった。
 「先輩……先輩っ……」
  尻を掴んで腰を動かし続ける。時には激しく、肉のぶつかり合う音が響き、乳
 房の揺れる音までが聞こえてくる程に。時には優しく、くちゅついた音が微かに
 聞こえてくる程度に。角度も変えた。強く、痛みすら感じる程に擦りつけ、或い
 はゆったりと包む肉に柔らかく扱かれるように。全ては本能がそうさせている。
 「やはっ……きもちいいっ……いいよぅ……」
  彼女の腕から力が抜けた。
  ぺったりと上半身をマットに落とし、尻だけを掲げている。
  潰れたカエルのような姿だが、どこか愛らしく見えるのが不思議だ。
  そのままもじもじと身をくねらせながら、
 「ひ……あ、あなたもきもちいい?」
  と裏声で言う。
  彼は応えられなかった。
  それどころではない。
 「ねぇ……あうっ……きもちいいって言って!」
  強張りが締めつけられた。
 「うあっ……き、きもちいい……」
 「よかった……うれしいっ……」
  絶え間なく続く彼女の喘ぎは、殆ど呼吸の度に口から漏れている。
  それこそ嗚咽を漏らすようにだ。
  しかしそこから悲しみは微塵も感じられない。
  うっとりと、悦びに満ちている。
 「わたしの……元気を……あなたにあげる……」
 「先輩の……ううっ……」
 「いっぱい……あげるっ」
  突然彼は限界に達した。
  戸惑っていた性感が、ここぞとばかりに噴出してきた。
 「あ……お、おれっ!」
 「わ、わたしも……いっちゃうっ!」
  ふたりは高みを目指して互いに腰を蠢かした。
  吐息と、喘ぎと、そして肉の音がピッチを上げた。
  見事に波打ち、見事なまでの衝撃緩和をこなすのは彼女の尻肉だ。
  彼は我知らず叫んでいた。
 「もう……もう誰にも抱かせたりしないっ! これは……おれのだっ!」
 「ひっ……わ、わたしも……もう誰にも……」
 「絶対に……他の男のなんか……おれが消してやるっ!」
 「消して……あなたので消してっ!」
  びくりと双方の腰に痙攣が走った。
 「おおっ──!?」
  彼が沙希の胎内に注ぎ込む悦びと共に吐き出した。
  尿道が破裂するのではと思わせる程の塊を噴出させた。
  ぐちゃりと彼女の中でそれは弾けた。
  膣壁に染み渡る熱を感じて、彼女も果てた。
 「あひっ……い……く………………ぅ~~っ」
  背筋をのけ反らせて、涙を一粒零して痙攣を繰り返す。
  彼はありったけの精液を注ぎ込んで、ぐったりと彼女の背に倒れ込んだ。
  同時に彼女も倒れた。
  強張りが抜け、ぬるりと尻の上に横たわった。

 

  ガラリと扉が開くと、眩しい光と共にさわやかな涼風が流れ込んできた。
  始めて彼は倉庫内がとてつもなく暑くなっていたのだという事に気づいた。
  汗に塗れた身体から、急速に熱が奪われていく。
 「いい風……」
  沙希が髪に手を当てて、静かに呟いた。
  さわりとその髪が揺れる。
  そんな彼女の後ろ姿を、彼はじっと見つめていた。
 「ね、きもちいいね」
  振り向いて、彼女は微笑む。
 「ん」
  素直に頷いた。
  彼女は一歩倉庫外に脚を踏み出して、空を見上げた。
  それから言った。
 「わたしたち、こんなにきもちのいい場所で生きてるんだね」
  くるりと回り、両手を後ろ手に組んで背をかがめる。
  からかうような仕種で彼を見た。
 「早く出ておいでよ。一緒に見よう?」
  彼は目を瞬きながら空を見上げて、胸一杯に空気を吸い込んだ。
  夏の匂いがした。
  青空に光彩が映える。
  まったく──。
  と彼女に目をやって、
 「空は空でも、今日のは少し違って見えるっすね」
 「ふふ」
  嬉しそうに笑った彼女は応えた。
 「そうでしょう?」
  笑顔で見つめ会うふたりの耳に、小さな掛け声が届いた。
  グラウンドからのそれは、風に乗って近く、そして遠く流れ去る。
  沙希はちらりとそちらに目をやってから言った。
 「もう……戻ろうか?」
  尋ねるような声に彼は大きく頷いた。
 「おれにはやる事があるっすから」
  破顔一笑。
  沙希はそれまでで一番嬉しそうに頷いた。
  扉を閉め、鍵を掛けた彼女は、しばしその小さな金属を見つめていた。
  それから彼に無言で頷いてみせると、力一杯それを投げ捨てた。
  きらり、きらりと輝いて、金色の光点は塀の向こうに消え去った。
  穏やかな顔で見送る彼に、彼女は歩き出しながら言う。
 「わたし……髪整えてからいくから……」
 「うん」
 「それじゃ──ね」
  はにかむように笑ってその姿は消えた。
  彼はもう一度深呼吸をすると、グラウンドに向かって歩き出した。
  たどり着いたグラウンドでは、部員総出のマラソンが行われていた。
  総員がリズムを取って掛け声を口にしている。
  基礎体力強化メニューである。
  端で眺めていた彼に、先陣を切って走っていた人物が気づいた。
  何事かを後方の連中に言って、キャプテンは彼の元に歩み寄った。
  それから穏やかな彼の顔を見て取って、ぼそりと声をかけた。
 「どうだった?」
 「何がですか?」
  彼は静かに応えた。
  訳知り顔の男はにやりと笑ってみせた。
 「まあ、なんでもいいさ」
  トラックに目をやって遅れている部員に大声で喝を入れて、再び彼に向き直る。
 「で?」
 「はい?」
 「もう辞める気はないんだろう?」
 「ええ、それはもう」
  それみた事か。
  キャプテンの笑みはそう言っていた。
 「なあ、彼女最高だろう。あれをしてもらったら辞める気なんか──」
  彼の拳は渾身の力を乗せて男の顎に叩き込まれていた。
  掛け声は近く、そして遠く。
  風に乗って流れ続けた。

 

                             END

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