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                    堕 落

 


   昼下がりの公園に異変が生じたのは、初夏の太陽が流れる雲に寸刻隠され、再び明るさを取
  り戻したその瞬間のことだった。
   まさにその瞬間、煉瓦を敷き詰めた遊歩道を歩く者も、小さな噴水に涼を求める者も、柔ら
 かな芝生に腰を下ろし語らう者も、申し合わせたかのように同方向に顔を向け、そして何度も
 瞬きを繰り返したのである。
   一様に滲んだ視界の中に、その青年は人の姿をとって揺れていた。
   降り注ぐ陽光が翳り、そしてまた輝きの中に。
   しかしそのためだけではない。
   美しさだ。
   青年の美しさが周囲の大気を陽炎の如く揺らめかせ、人々の眼を眩ませているのだ。
   洗いざらしのくたびれたシャツに、膝の抜けそうなジーンズ。褪せた色合いのフィールドブ
 ーツは手入れの悪さを物語っているし、それだけを見れば、どこにでもいる気の置けない近所
  の青年という風体に違いない。
   それが――。
   人の美しさを構成する要素とはいかなるものであるのか。 その姿を眼にした人々はこれよ
 り後、一心に想いを馳せ、やがては悲しげな顔をして首を振ることになる。いくら考えたって
 わかりっこない。それが証拠に、いくらその姿を脳裏に描こうとしても、顔はおろか、姿形ま
 でもがおぼろげに翳み、決して実像を結ぼうとしないではないか。
   ぽかんと見詰めたまま青年とすれ違った若い女が、低く喘いでその場にくずおれた。
   人々の視線を集めた最初の理由はそこにあるのだろう。青年から発せられる色気は尋常なも
 のではなかった。全身の細胞に染み入り、生殖本能を妖しく刺激する粘液のようなそれは、最
  早淫気と呼ぶべきなのかもしれない。
   気配を感じた者は残らず、しかも男女の別を問わず、ともすれば背筋を痙攣させつつ襲い掛
  かってくる性的絶頂感を堪えるのに必死だった。
   しかし経験の少ない若年者には到底抗いようもなく、憧れの先輩とはじめてのデートにこぎ
 つけた少女は善戦空しく下着を盛大に濡らしてしまったし、母親に連れられた少年は、はから
 ずもズボンの中に生まれてはじめての精を放出してしまった。
   身動きもとれずに硬直する人々が解放されたのは、遊歩道を行く青年の姿が木立の向こうに
 消えてしばらくしてからだった。
   あとには力尽きた人々が漏らす溜息ばかりが残された。
   周囲に与えた影響とは裏腹に、あてもなくぼんやりと歩く青年の行く手に、遊歩道に設置さ
 れたベンチが現われた。
   他に人影はなく、ただひとり、ニ七、八歳と思われる女がそこに腰掛けていた。長く美しい
 髪をひとつに編んで左の肩から垂らし、手にした文庫本に視線を落としている。白いサマーセ
 ーターの上に着た清楚な茶色のオーバーオールは、マタニティウェアだろう。なにより、時折
  慈しむように大くふくらんだ腹部を撫でる姿からして妊婦に間違いない。美しく整った顔は年
  相応の落ち着きを備えていたが、可憐とさえ呼べるかもしれない。誰もが幸せを願わずにはい
 られない、そんな雰囲気の女だった。
   ぞく、と背筋を震わせた女が顔を上げると、眼前に青年の姿があった。
   頬を染めて呆然とする女に、
  「となり、よろしいですか?」
   と青年が声をかけた。
  「あ、ど、どうぞ――」
   にこにこと屈託のない笑顔を浮かべる青年に、女はようようとそれだけ言った。
  「どうも」
   青年は笑顔を崩さず、遠慮の欠片さえ見せずに腰を下ろした。
   女は得体の知れない妖しいざわめきに、もぞもぞと尻を蠢かせた。左の肩口に青年の体温が
 伝わってくるような気がして、となりに座る許可を与えたことを後悔した。なぜか自分が妊娠
  しているという事実が、とてつもなく破廉恥なことなのではないかと思えるのだ。
   それでも脳裏に焼きついた美しい姿には、果てしない憧れを抱いてしまう。
   最早単なる文字の羅列でしかなくなった文庫本から、女は盗み見るように顔を横に向けた。
   青年の視線が、じんわりとまとわりついていた。
   にこやかな笑みはそのままに、じっと女の腹を見詰めていた。
   ふくらんだ腹に人目を感じるのはこれがはじめてではなかったが、その視線に特殊な気配を
 察し、女は息を詰めた。恥じらいとも怒りともつかない感情が渦巻いて、しかしどうあれ、己
  の身体をその黒瞳に映している青年の濡れるような美しさに、はっきりとした形にならなかっ
 た。
  「ひとりめですか?」
   青年が視線を逸らしもせずに訊いた。
   頷いてしまったことを動揺する女に、
  「何ヶ月?」
   と、さらに声がかかった。
   不躾な態度、しかもどう見ても自分より年下の青年に、失礼な、と告げることは問題なく行
  えるはずだった。
  「――八ヶ月です」
  「へえ」
   青年の顔がゆっくり上がるのを、女はぐらぐらと揺れる視界に捉えていた。
  「奥さん、八ヶ月前にセックスを?」
   じわりとどこかが濡れた。
  「――はい」
  「子供を作るつもりで?」
  「――はい」
  「それじゃあナマだ」
  「――はい」
  「気持ちよかったでしょう?」
  「――はい」
   日常から足を踏み外している。
   危機感が募った。
   現実味のない危機感だった。
  「奥さんみたいに清純そうなひとがねえ、セックスを楽しむんですねえ。そんなに大きなおな
 かをして。私はセックスしましたよって、みんなに言いふらしているようなもんじゃないです
 か。みんな心の中じゃ思ってますよ、奥さんがどんなセックスをしたんだろうって。気持ちい
 いセックスだったって、ついでに言ってあげたらどうです?」
   青年の言葉に、ああ、と小さく声を漏らし、女は小刻みに震えた。
   悟ったのだ。結婚、そして妊娠。人間社会にあって、祝福されるごくあたりまえの事柄。そ
 れなのに、性は未だにタブー視されている世の中。あけっぴろげにそれらを口にする人々は常
  識人から蔑まれ、事実、彼女自身がその常識人を自負していた。
  「妊娠は性行為の免罪符にはならないんですよ?」
   青年が思考にとどめをさした。
  「いわ、言わないで――」
   女は両手で顔を覆った。自分はなにをしていたのだろう。路行く人々に己の性生活を公表し
 ていたようなものだ。夫と出会ったのは高校時代のことだ。自慰すらしたことのない大人しい
 少女と、文学を愛する物静かな少年。ふたりはお互いに触れ合うこともない清潔な交際を長く
 続け、つい三年前に結婚。童貞だった夫は処女である妻の肉体に没頭し、妻もまた性の悦びを
 知った。ひまさえあれば二人は交わり、子供を作ろうと決めたあの日ですら、行為そのものは
 破廉恥な狂態に満ちていた。子作りのための性交だと思えばこそ興奮も増した。尻を高く掲げ、
  獣の姿勢で夫を迎え入れ、きもちいい、きもちいいと連呼。射精の瞬間にはそれを感じ、あま
 りの興奮に失禁までしてしまった。その結果が、いまこうして衆目にさらしている大きな腹だ。
  自分はそんなものを人目にさらしていたのだ。
   血が滴るのではないかと思えるほどに赤く染まった女の耳朶に視線を返した青年が、こんど
 はそこを見詰めながら、ふいに片腕を伸ばした。
  「ひゃう!?」
   滑稽な声と共に、女はびくんと跳ねた。
   腹部に置かれた青年の掌に気づいたのは、そこから、張り切っている子宮を疼かせる快感が
 走ったからだ。
   背筋が、ぞく、ぞく、と震え、どうしようとも瞳からは焦点が失われ、口許は知性を粉々に
 打ち砕きながら蕩けてしまう。
   ただ掌を当てられただけだ。
   おかしい、と考えることはできたが、しかし一切の行動は性の疼きに阻害された。
  「や、あえ、えふ、う――」
   ひくくん、と断続的に悶える女に、
  「いやらしいひとですね、あなたは」
   青年は言いながら、腹部の丸みを撫でまわした。
  「子を宿していながら性欲を覚えている。妊娠中に性欲を覚える必要なんてないのに。性欲っ
 て、なにを目的として存在してると思ってるんですか?」
  「そんなこ、わか、て、ま、きも、ちいい、あ、あ――」
   女の柔らかい唇から、水っぽい唾液がぽろりと零れて腹に転がった。
   青年はそれを掌で塗り広げ、揉みしだき、じっと女の横顔を見詰めた。
   幾人かが遊歩道を通りかかったが、青年の美しさに立ちすくみ、それから視線を逸らせて無
  言で立ち去っていった。
   しばらくして、女は激しく痙攣した。
  「がま、がまん、でき、できませ、し、して、して、してくだ、さい!」
   激しくも鬱勃とした性の疼きに、女は懇願をはじめた。このままじらされていたら、盛大に
 尿をしぶかせながら絶叫してしまうのではないかとさえ思われた。
   青年は素晴らしい微笑みを浮かべ、
  「では」
   と立ちあがった。
   腰砕けになる女を支えて青年が向かったのは、ベンチのすぐ傍に茂る植え込みの裏手だった。
   青年が力を抜くと、女はすぐに下生えの上に頽れた。
   半ば放り出されるような格好になったが、女は苦言のひとつも口にはできなかった。
  「うくッ――」
   ぞくぞくとした期待感に女は細かく痙攣した。決して脱がしやすいとはいえない着衣を、一
  切の抵抗も感じさせずに青年が取り去ったからだ。
   青年は下着姿となった女を見下ろした。
   震える女の肌はどこまでも滑らかに白く滲み、豊かな乳房も丸い尻も、優しげで肉感的な印
  象がある。一際眼を引くのは、やはり巨大に膨らんだ腹部だ。張り詰めた皮膚には僅かに妊娠
  線が走り、まるで大きな荷物を腹で抱えているように見える。確かに自然な姿かもしれないが、
  少し思考を変化させると――醜いとさえいえるかもしれない。
   青年はへたり込んでいる女の背後に腰を据え、後頭部に顔を埋めた。爽やかな洗髪剤と甘や
 かな皮脂の香りをどう感じているのか、窺い知ることは不可能だ。
   それから青年は、掌を女の全身に滑らせた。
   途端に女は反応した。
  「あっやっ、や、やん、あ、あーっ、あ、あ、あ、あ――」
   さらさらと肌を滑る掌の感触は、えもいわれぬ快感を生んだ。神経が剥き出しになってしま
 ったのではと思えるほどの、痺れるような快感だ。
   あまりの刺激に、女は全身をでたらめにくねらせたが、掌は縦横に動き回り、決して肌から
 は離れなかった。
  「漏れちゃう、おしっこ漏れちゃううううッ――」
   絶頂のそれよりも強く、しかし決して充足感を与えてくれない刺激に、女は身も世もなく悶
  絶した。女というのはそういうものなのか、事に際して口にする言葉は、年端のいかない少女
  も、子を宿した人妻も、さして違いのあるものではない。
  「やう、くふふッ!?」
   耳朶まで舐められた。
   熱くぬるついた舌が軟骨をなぞるたび、女は白目を剥いて声もなく震えた。
  「あ――ぐ――」
   首を竦める女の唇からは、唾液が破廉恥に筋を引いていた。
   ひとしきり女体を蠢かせてから、青年は妊娠末期に際して肥大化した乳房に掌を置いた。
  「いけませんねえ」
   と、肉塊をゆさりと揺らす。
  「乳房の根元、よく動くようにしておかないと母乳の分泌が悪くなるって、ご存知でした?」
  「は、あ、はあ、はあ……」
   女は眼を閉じ、ぐったりと弛緩している。頬が染まっていた。いつの間にか全身に滲んだ汗
  の匂いが、潮の香りのように立ち昇り、そのまま男女の身体を包んで澱んでいた。
  「聞いてます?」
   青年が両方の乳房を握り潰したのはその瞬間だ。
  「ぎいっひいっ――」
   ぶしゃ、という水音がして、仰け反った女は失禁した。
   じょ、じょじょじょ、じょ、と、大量の尿が下着の布地を通過、勢い余って噴水のように吹
  き出しながら大地に染み込んでゆく。新鮮な尿は初夏の熱気の中にあってさえ湯気を立ち昇ら
 せ、女の生命の熱さを周囲にしらしめた。
  「どうなんです?」
  「いた、いたい、いたいいたい、いた、いたあ、いたああああッ!」
   膀胱に残っていた尿が新たに漏れる。
   美しい指のどこにと思われるほどの圧搾力を青年は乳房に加えていた。激しく歪み圧縮され
 肉の軋みすらが耳に届く。広い面積のブラジャーから僅かに覗く肌は赤黒く鬱血して、紫色の
 血管さえはっきりと見て取れた。あとほんの少しでも力が加われば、乳房は脂肪と乳腺と血液
  をしぶかせながら、有機物の欠片となって胸から消え失せるに違いない。
  「ねえ?」
   再び青年が訊いた。
  「しって、しってる、しってます、しってますううううッ!」
   がくがくと頭を振った女の悲鳴が響き渡る。
  「そうですか」
   乳房が解放され、女は安堵のあまり失神しそうになった。熱をもった乳房が浮いしまいそう
 な感覚がある。
  「だったらこんなもので締め付けておくのはよくないでしょう?」
   言いながら、青年はブラジャーをつまんで引っ張った。
  「だって、ブラしておかないと……」
  「しておかないと?」
  「恥ずか、しいから……」
  「なぜ?」
  「それは……」
   女が口ごもる気配を見せるのと同時に、青年の指にも力がこもる気配がみなぎった。
  「乳首が! 乳首が黒くなってておっきくなってて恥ずかしいから! もし見られたら死んじ
 ゃうから!」
   痛みへの恐怖に、女は慌てて叫んだ。どこに残っていたのか、新たな尿がしぶいた。
  「それはそれは――」
   青年は微笑み、
  「ぜひにも拝見させていただきたいですね」
   いとも簡単にブラジャーをはずし、重量感たっぷりの哺乳器官を外気に晒した。
  「ああ――」
   漏れ出した女の声は羞恥に染まり、それでいて官能の疼きを滲ませていた。
  「おやおや」
   青年が笑った。
   戒めから解かれた女の乳房は、肉感も豊かに重力に引かれ、破廉恥な佇まいを見せて揺れた。
   白い肉球には圧搾された跡が赤く残り、じわじわとした熱感を立ち上らせている。
   しかし青年の肩越しの視線は、その先端部分に注がれていた。
   女の乳首は醜く変質しているようだった。乳輪も、そこから続く乳首もどす黒く肥大化した
 上、ぶつぶつとした皮膚に包まれていた。乳輪は乳房の大半を占めているのではと思えるほど
 の面積に広がり、乳首はまるで小児のペニスのようだった。
  「確かに、これは人には見せられませんね」
  「は、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい――」
  「それなら、見るのをやめましょうか?」
  「いや、見て、恥ずかしい乳首、見て、もっと見てえ!」
  「いいんですか?」
  「見て、見られると、興奮しちゃいます、興奮するんですう!」
   女は身をくねらせて吐露した。背中を青年の胸板に擦り付けては、あへ、あへ、と吐息を漏
  らしている。
   青年はその様子を冷ややかな微笑みで観察してから、両方の乳房に掌をあてがった。
  「こうして、よく動かしてあげるといいんですよ」
   たぷたぷと上下に乳房を揺らす。
   胸の筋肉の上を乳房がゆるゆると滑る感覚に、女は白目を剥いて戦慄いた。
  「きもちいい~」
  「でしょう?」
   じっくりと乳房をマッサージされているうちに、女は違和感に気づいた。
  「あ……」
  「どうしました?」
  「なにか、出ちゃいそう……」
   青年が乳房の根元をつまみ、きゅっとばかりに絞ってみせた。
   乳首の先端の複数箇所から、黄色味を帯びた乳汁がぷくりと膨れ上がり、つつ、と流れる。
  「うあ、うそ、おっぱいが……」
  「出ましたねえ」
  「すごい、ミルク出るんだ、わたしのおっぱい……」
   うっとりとした女の顔が硬直した。
  「あわ、きも、きもっちいっ、きもっ――」
   青年は乳房を撫で、掴み、揉み、捏ね、女にもどかしく疼く性感を与えつづけた。人と人と
 の触れ合いに、ある意思が加わったとき、それは互いの神経を刺激し、脳に快楽を生み出させ
 る、快美でほの暗く、秘密めいた愛撫となる。
  「あーっ、あ、あ、あん、きも、いーっ、い、すご――」
   じたばたともがく女体を押さえつける青年は、執拗に乳房を弄んだ。
   そうこうしているうちに、乳首から滲む乳汁は、透明な黄色から明らかな白色に変化し、じ
 くじくと溢れはじめた。
   通常、母親が母乳を分泌させるのは出産後のことだ。胎盤から分泌されるエストロゲンやプ
 ロゲステロンというホルモンが、乳汁を分泌させるホルモンであるプロラクチンにブレーキを
 かけていて、出産と同時に胎盤が排出されてはじめて乳汁が盛んに分泌されるようになる。こ
 の場合は青年の与えるあまりの性的快楽に、女体が狂った反応を示したというべきだろうか。
   青年は濡れそぼった乳首を確認すると、すい、と身体を女の前面に置き、予告もなしに乳首
  に吸い付いた。
  「あっきゃ、きゃきゃきゃっ、きゃーッ!?」
   びくびくびく、と痙攣した女は派手に仰け反り、その巨大な腹部を迫り出させた。
   青年はその上に半ば身体を預け、ねっとりと舌を使って乳首を刺激した。
  「き、きも、きも、きもちいい、もきもちいい、乳首、乳首、きもちいーッ!」
   途端にむくむくと乳首が勃起して、女は更に刺激的な快感に狂わされた。それは乳房の中心
  を貫いて胸郭に達すると、そこを四方に走り抜けて脊髄に達し、髄液を爛れさせると、甘痒い
 反射となって乳房に逆流してゆく。
   ぴく、と頂戴に勃起した乳首が跳ねた。
   青年が見計らったように口を離した瞬間。
   ぴゅ、ぴゅ、ぴゅうううう、と暖かい母乳が細い筋となって八方に飛び散った。
  「ミ、ミルク、飛び出てる、射乳してる、射乳、射乳すてき、きもちいいーッ!?」
   手を加えずとも噴出する母乳に、女は感極まって涙までこぼした。
   母乳を迸らせながら、
  「も、もったいない、もったいないから飲んでくださいッ!」
   と哀願した。
  「いただきます」
   青年は言って、再び乳首に吸い付いた。
   ちう、と吸われた。
  「あきゅうううううううううッ」
   流出感に気も遠くなる。
  「そうそう――」
   乳首を吸い、母乳を喉に流し込みながら、青年がもごもごと言った。
  「乳首を吸われるとですね、それが視床下部を刺激して、下垂体後葉からオキシトシンが分泌
  されるんですよ。オキトシンってのは母乳の出を良くする作用があるんですが、同時に子宮を
 収縮させる働きもあるんです」
  「え……?」
   快楽に潤んだ女の眼に動揺が走った。
  「つまりですね、出てきちゃうかもしれませんってことですよ、赤ちゃんが」
  「――ひっ」
   きょとんとした女の顔が恐怖に歪むのは、その趣味の人間が見たとしたら絶頂に達してしま
 うのではないかというほどに凄まじいものだった。
  「やめ、やめてッ!?」
   慌てふためいて青年の顔を引き剥がそうとしたが、どうしようと乳首に吸い付いたまま離れ
 なかった。
  「やめ、やめて、生まれちゃう、赤ちゃん生まれちゃう、生まれちゃううううううッ!」
   ぬろ、と舌が這った。
  「生まれ――はうん……」
   それだけで、女は全身を弛緩させた。
  「やめてもいいんですけどねえ」
   唇が乳輪を搾り、舌が乳首を縦横に這い回る。細かな突起物を刺激されるたび、女は小鼻を
 ふくらませて吐息を漏らすしかなかった。
  「どうしますか?」
   訊きながら、しかし青年の指は女の股間に忍び寄っていた。
   それなりにデザインは凝らされているが、やはり野暮ったい大型ショーツの、その一点。
   美しい指は、尿に濡れそぼったショーツの上から、的確にその部分を探し当てていた。
  「きゃイーッ!?」
   甲高い悲鳴を上げて女が悶絶した。
   びゅば、と、青年の口の中どころか、触れられてもいないもう片方の乳房からも、勢いよく
 母乳が飛び散った。
  「きゃイ、きゃイーッ、きゃイ、きゃイ、きゃイイイッ、きゃイーんッ!?」
   痙攣と悲鳴、母乳の迸りが完全に一致していた。青年の指がショーツの上からでもはっきり
 とわかるほど勃起した、大粒の陰核を弾くリズムとも。
   すばらしくも破滅的な快感だった。いままでに感じたことのない快感だ。ぷるん、ぷるんと
 弾ける陰核に鬱血性の疼きが脈動し、同時に痒みの元を思うさま掻き毟ったかのような爽快感
  があった。それらすべてが、あの身をよじってしまいそうになる。嬉しくも恥ずかしい性的快
  感として存在しているのだから、もはやこれは白痴性の快感だ。
  「きゃ、きゃは、よ、よだれ出ちゃう、出ちゃう、脳みそ溶けちゃうーッ!」
   脳はともかく、よだれと母乳を大量に分泌しながら、女は痙攣を強めるばかりだ。膣からは
 大量の愛液が分泌されているようで、収縮を繰り返す膣口から塊となって零れ落ちる感触もあ
 る。それがまたもどかしく、結局覚えることのなかった自慰とは、このような感覚を味わった
 少女が、つい未発達な性器に指を伸ばしてはじめてしまうのだろうと考えていた。
   青年はようやく乳首から口を離し、それでも陰核を刺激しながら、
  「やめてもよろしい?」
   と、再び訊いた。
   女は吹きしぶく母乳の流出感を乳首に覚えながら、ぞっとするほどの恐怖と快楽に煩悶して
 いた。なぜならば確かに子宮に圧迫感があり、見るまでもなく、ぼこ、ぼこ、と、遠からずこ
 の世に生れ落ちるであろう我が子の動きが腹部を突き上げているのだ。
   まだ早いよ、死にたくないよ、お母さん!
   確かに脳裏にひらめいた声に、母親は一際の母乳をしぶかせて――
 「して、してください、赤ちゃんいらない、きもちいいの好き、えっちなの好き、赤ちゃん零
  しちゃってもいいからしてください! きもちいいのもっとしてえっ! えっちなのもっとし
 てえっ!」
   母乳に塗れた乳房どころか、腹部までをもゆさゆさと揺すりながらそう叫んだ。
   青年はしばらく、上気して、汗と涙とよだれに塗れた女の顔を見つめ、にっこりと微笑んだ。
  「それならば、まずしてもらうことをしてもらいましょう」
   立ち上がり、女の眼前に己の股間を突きつけた。
  「あうう……」
   女は即座に悟り、慌ててジーンズを留めるベルトに手をかけたが、興奮のためにそれもまま
 ならず、最後には鬼のような形相でジッパーだけを引き下げ、半ば無理やりに陰茎を引きずり
 出した。
  「――――」
   鬼の形相が淫婦のそれに溶けた。女は呆然とそれを見つめ、ごくりと生唾を飲み込んだ。飲
  みきれないほどに分泌されていた唾液の大半は、唇から零れ落ちた。
   既に勃起している青年の陰茎は、太くはないが長かった。色素沈着などは微塵も見られずに、
  まるで童貞の、自慰すら知らない少年のそれのように白く輝いていた。
  「きれいなひとのおちんちん……」
   女は男性的な興奮に血圧を上昇させながら、熱い陰茎に頬をすり寄せた。性交の期待に眼も
 眩み、ともすれば愛液どころか、子宮までもが滑り出してしまうのではないかとさえ思われた。
  「んぽ――」
   ぱっくりと口に含んだ。半ばまでしか入りきらない。
   すぐに舌を使った。青年を悦ばせようなどという意識はない。自らの興奮にのみ従った行為
  だった。
  「んれ、れる、んろ、ろる、るれ」
   滑らかな肉が立てる音と吐息が混じり、女の鼻腔から漏れる。
  「んろろろろろろろろ」
   素早い動き。意識的なのか、それともそうではないのか、舌の動きにあわせて声が漏れる。
   女は喉の奥から、熱く粘着力の高い粘液を搾り出し、亀頭にまぶして舌をはためかせた。陰
  茎が細いおかげで、自由に舌が動かせる。自らの汚い体液で陰茎がぬるつくことに、いいよう
 のない興奮が湧き上がる。
  「んぽっ、んぱっ、かぽっ、かぽっ」
   今度は顔を前後に振り、Oの字に窄めた唇で擦った。唾液が大量に溢れ、口に入りきらない
 陰茎の根元を濡らし、そこをぬちぬちと淫猥な音を響かせて、握り締めた指が擦っている。唾
  液は独特の匂いを立ち上らせながら、指の隙間をねっとりと垂れ落ちる。
   夢中になって陰茎をしゃぶる女を見下ろしていた青年は、そっとその後頭部に両腕を廻した。
  「そんなんじゃだめですよ」
   いいざま、ぐいっと頭を引き寄せた。
  「んぼおッ――!?」
   根元まで口の中に押し込まれ、女は眼を見開いた。
  「おげえええッ!」
   吐き気が急速に襲い掛かり、捻転を起こした胃から胃液が逆流する。
   大半の胃液は行き場を失って胃に戻っていったが、一部は、ぶしゅ、と、ふたつの鼻腔から
 噴出し、陰茎と唇の隙間からもぼたぼたと垂れ落ちた。
  「ほらほら、しっかり」
   青年は腰をグラインドさせ、亀頭を喉の奥深くに押し込んでは抜いた。
  「んむ、がえ、がーーーーーっ、が、げ、げお、おええッ!」
   女は激しくえずき、涙を零した。胃袋が痙攣して、視界が真っ赤に染まった。
   死の恐怖に思考が螺旋を描いた。
   それなのに――
 「んげ、お、おぼ、ぽぷっ、ぷばっ」
   女は自らも顔を前後させ、青年の動きに同調をはじめた。
   喉を陰茎が抉るたび、そこから性的な快感が広がるのだ。
   喉が濡れた。ねっとりとした粘液が分泌されている。
   女は喉を絞め、陰茎と粘膜の抵抗を高め、自らの得る快感を昂めた。
  「んきゅ、んきゅ、ごきゅ、きゅ、んきゅ」
   喉を絞め、緩め、女は恍惚と、爬虫類のような行為を繰り返した。
  「出しますよ」
   ふいに青年が言った。
   女は期待に満ちた視線を頭上の美しい影に向けた。
   青年は表情ひとつ変えずに射精を開始した。
  「んぐ――」
   女は喉の奥に灼熱を感じて息を詰めたが、すぐに喉を開いた。
  「んきゅ、ごきゅ、んきゅ……」
   途切れなく噴出する精液の量は尋常ではなく、出るそばから胃に送り込まなければならなか
 った。
   女は飲みつづけた。冗談ではなく、胃が膨れ上がるほどの量だった。
   鼻腔に漂白剤のような性臭が逆流してくる。
   こんなにきれいなひとの精液……。
   女はぞくぞくと震えた。半開きになった瞼がひくひくと小刻みに痙攣している。
   恍惚としてもいられなくなった。
   精液がついに胃の内容量をこえた。
  「あぷっ――」
   慌てて陰茎を抜いた。
  「げふ、げ――」
   声もなく、勢いよく逆流した精液が女の口から噴出した。
   青年はまだ射精をつづけていた。
   女の顔といわず髪といわず、ところかまわずにべっとりと落着する。
  「精液、精液いッ!」
   浴びせかけられる体液に、女は知性の欠片もない歓喜の声を上げた。
   乳房も、腹部も、まるで幕が張ったかのように精液に塗れた。
   女は乳房をぐちゃぐちゃと揉み、自らの血液を糧に乳腺が造り上げた乳汁を、惜しげもなく
 絞り出した。
  「ミルクと精液が……ぬちゃぬちゃに混ざってるう……」
   掌を開くと、ねっとりとした精液が糸を引き、交じり合った母乳がそこを伝って流れて行く。
  「はぷ」
   それを口に含み、ずるずると啜っては飲み下す。
   次には腹部に塗りたくり、なにを思っているのか、
  「赤ちゃん、わたしの赤ちゃん、セックスの塊、きもちいい妊娠……」
   と、焦点のあわない瞳で呟きはじめた。
   青年は、妊娠のために突出した臍をいじってはあへあへと喘ぐ女を見下ろしていたが、
  「お次の番ですよ」
   と声をかけた。
   女の反応は喜劇じみていた。
  「セックス!」
   一声叫び、妊婦とは思えない身のこなしでショーツを脱ぎ去ると、その場に寝転がって両足
  を開いた。
  「は、はやくしてください! セックスしてください! 柔らかい孔をぐちゃぐちゃに!」
   指で大陰唇を開いて懇願する。
   女の性器は溶けているかのように粘液に塗れ、べったりと張り付いた陰毛に囲まれて、紫が
 かった生肉が、汚わいな形を現していた。その上部では破廉恥に勃起した淫核がひくつき、下
  部では愛液が珠となって溢れる肉孔が、白くふやけて湯気を立ち上らせていた。
  「は、はやく、はやくはやくはやくう!」
   女は狂ったように腰を振った。
  「はいはい」
   青年はそれでものんびりと足の間に腰を据え、こればかりはすばやく、狙いもつけずに陰茎
  を突き出した。
  「ふぐ、う――」
   一気に膣の奥底まで貫かれ、女はまた精液を大量に嘔吐した。
   青年の腰が長いストライドで律動を開始する。
   陰茎が突き進むとぶちゃぶちゃと白い頚管粘液が溢れ、退くと肉襞がどこまでもまとわりつ
 いてきた。
  「ひいいいいっ! ひいいいいいいいっ!」
   女は激しくよがりぬいた。
   やわらかい粘膜が引きずられて擦られる快感に、女はわれを忘れて没頭した。
  「いい、きもちいい、むずむず、むずむずきもちいいッ!?」
   にゅ、と女の足が持ち上がり、青年の腰を捉えた。
   それを締め付け、緩め、今度は短く素早いストロークを求める。
  「あっ、あっ、あっ、あっ、あーっ、あ、あ、あ、あ、あっ、あっ、あーっ、あーっ、あーっ」
   身勝手な快感の声を断続的に漏らし、女は背筋と内臓を腐らせる性的快感に随喜の涙を流す。
  「こんなのはどうです?」
   青年が、ずい、と一際深く腰を迫り出した。
  「いひいんッ!?」
   子宮を押し上げんばかりの圧迫感。
   女は叫んだ。
  「殺して、赤ちゃんを突き殺して! もっと気持ちよくしてえええええっ!」
  「おやおや」
   青年が腰を捻った。
   膣のどの部分を刺激されたものか、女は確かに自分の心臓が鼓動を止めたのを意識した。
  「ぎ、ぎぼぢいーーーーーーッ!?」
   全身の腺という腺が開いた。
   乳腺は乳汁を噴射し、汗腺は汗と濃厚な匂いを撒き散らし、唾液はびゅうびゅうと口に溢れ、
  あらゆる種類のホルモンが脳内を満たした。ぬらぬらと身悶える女は、まさに有機物の塊と化
  していた。
   青年は頚管粘液と愛液の圧力を排し、陰茎を律動させている。
  「あ、あへ、あへん、あへっ、あへ、あへ、あへえ、あっへえ」
   もはや人語をも口にできなくなった女は、しかしぼんやりとした視界にそれを捉えた。
   四辺を遮る植え込みのそこかしこ――というよりぐるり全周に、老若男女を問わず、大勢の
 人間が潜んでいる。みな一様に右手、あるいは左手をせわしなく動かし、じっとこちらを見つ
 めながら自慰に耽っていた。
   スーツを着た青年、初老の紳士、脂ぎった中年、トレーニングウェアの娘、制服に身を包ん
 だ少女に、体操服姿の幼女も、みな隣の人間に肩をぶつけながら、破廉恥な行為に没頭してい
 るのだ。
   見られてる、という羞恥が、もっと見てという熱望にかわったのは一瞬だ。
  「う~~~~ッ!」
   女は自ら腰を突き上げて、乳房と腹を揺さぶった。
   青年は黙ってピッチを上げた。
   脳神経がすべて千切れそうな快感がしばらくつづき、女は限界に達しようとしていた。
  「いく、いく、いきそ、いく、いきそ、いきそ、いく、いきたいいいいッ!」
   恐ろしい予感だった。
   快感の一片をとってみても、それはいままでに感じたどんな性的快感よりも強かった。それ
 なのにまだ上があるとわかるのだ。この状態で絶頂に達したら、どれほどの快感を味わえるの
 か。
  「いかせて、いかせて、きもちよくとどめをさしてえッ!」
  「では、出しますよ?」
  「出して、精液いっぱい出して赤ちゃんを洗い流しちゃってえッ!」
  「では」
   びゅ、と出た。
  「あっひいいいいいいいいいいいいいん!?」
   絶頂が襲い掛かってきた。痙攣が小刻みに走り、母乳が噴出した。爽快感が走り、同時に全
  身が熱をもった腫物となったような気がした。その腫物から膿が噴き出して、痛痒い快感を生
  む。女の思考は性的快感に埋め尽くされた。仰け反った腹部がぼこぼことうごめいていた。
   周囲の人々も同時に果てていた。
  「うお――」
  「ぐう――」
   男の声が詰まり、
  「きゃひっ!?」
  「きもちいーッ!」
   娘の声が響いた。
   全員が腰を突き出し、男は精液を、女は頚管粘液を長々と飛び散らせ、舞台中央のふたりに
 浴びせかけた。下生えはたちまち人間の分泌する体液に白く覆われ、湯気と臭気を漂わせはじ
 めた。
   女も、そして周囲の人々もことごとく失神したころ、のっそりと青年が立ち上がった。
   ぐるり見回して、それから女を見下ろした。
  「あなたの選んだことですよ」
   その声を聞いたような気がして女が意識を取り戻したとき、既に青年の姿はなかった。
   じんじんと全身が痺れ、倦怠感で身動きすらとれない。
   べっとりとした粘液の海に身を横たえたままの女は、静かに嗚咽を漏らしはじめた。
   ぼこん、と腹部が突き上げられた。
   愛しかったそれが、いまは違和感に満ちていた。
   守ってあげることができなかった。
   決してこの子を愛することはできない。
  「悪魔……」
   その呟きは誰が漏らしたものか、ついに判別できなかった。

 

                                       おわり

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