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                     属 性

              「強 制」 「暴 力」 「自 慰」


                    <大人の>
                  ときめきメモリアル
                 ~神州日本なにが悪い~


                    「濁 水」


                  これまでのあらすじ


  ひょんなことから密かに想いを寄せている同級生、虹野沙希の弱みを握った彼は、持ち前の
  気の弱さを押し殺しつつ一念発起、他言無用を条件に肉体関係を強要、そんなことをされる
  くらいならば自殺した方がまし、との返答に大きく傷つきながら、そうなれば最早彼女との
  交際は望むべくもなく、なんとしても猥褻行為に及ばねば一切機会なしとばかりに交渉を続
  行、思惑渦巻く一時間の協議の末、ついに下着は脱がないという条件の下、尻にのみならば
  悪戯をしても構わないという双方の妥協案が可決、人気のない放課後の体育倉庫に足を踏み
  入れたふたりは、十七歳の胸を高鳴らせつつ、ついに訪れた運命の日を迎えた。果たしてハ
  ル・ノートを突きつけられた日本政府の反応は如何に!? 風雲急を告げる太平洋、Z旗掲
  げよ旭日高く!

 

  梅雨時である。
  滅多に扉が開く事もない体育倉庫内は、案の定ひどくじめじめとしていた。視界さえ霞ませ
 るのではないかと思える程の湿気を含有した空気は、聴覚を鈍くさせ、四肢の動きさえも束縛
 するほどに、ねっとりと澱んでいる。人が眼に見えぬなにかを恐れ、息をすることすら躊躇う
 のはこんな場所だ。そこかしこに撒き散らされた石灰がべっとりと固まっている様を見るにつ
 け、はからずも、この場が人骨の散らばる地下墓所の様にも思えてくる。
  それでいて彼の心中を去来するものは、鬼哭渦巻く冥府からの怨念でもなければ、安息漂う
 常世からの妙調でもなかった。薄いコンクリート壁を通して聞こえてくる雨音でさえ、たとえ
 それが肌にまとわりつく不快感を増長しているとしても、口中に迫る様な、焦燥感にも似た興
 奮を煽る要素のひとつとなっている。幼いころ、台風が来る前に感じていた興奮。それによく
 似ていた。
  彼の前には低い跳箱が置かれていて、そこに沙希が突っ伏すように上半身を預けている。尻
 を突き出した少女の姿は、生暖かく湿った空気の中、これもまた薄っぺらな曇硝子から入って
 くる僅かな外光に、僅かな光があるからこそ、却って薄闇に芒と沈んでいる様だった。
  身動きもしなければ声も出さず、呼吸による背中の起伏さえ見せまいとしているかの様な少
 女に、彼もまた無言のままだった。黴臭い空間に篭ってより後、ふたりの交わした会話は僅か
 に一度。跳箱にうつ伏せになれとの彼の命令に、湿っているからいやだと応えた少女の、たっ
 たそれだけだった。
  結局他に良策がなかった為か、自発的に、しかしのろのろと少女が従ってから五分。
  彼は己の膝が震えているのを感知しながら、慎重に少女のスカートに手を掛けた。
  そっと捲り上げても、少女はぴくりともしない。
  彼はプリーツスカートの手触りが意外と固い事実を吟味しながら、それを沙希の腰の上に纏
 めて載せた。ふわりと上昇気流が生まれて、柔らかな洗濯石鹸の香りが、しかしそれは湿気に
 蒸されて、乾きかけの洗濯物のような異臭となって漂う。
  途端に嬉しさが込み上げた。歓喜でもなければ随喜でもない。そんな言葉はこの際、気取っ
 たインテリ風情に任せておけばいい。いつか自分の子供を産んでもらおうと考えていた少女の、
 温かそうな臀部が露になったのである。感じるのは、ただ嬉しい、という事だけ。性に関する
 感情は、どこまでも子供じみたものであるに違いない。性的絶頂の最中に、快感、などと感じ
 る者がいるだろうか。否、気持ちいい、である。
  胸の中に柑橘系のざわめきが広がるのと同時に、頬の表面を冷気が這い上がり、彼は首筋に
 力を込めて身震いをひとつした。
  小柄な少女の臀部はやはり小さく纏まっていたが、なだらかを通り越して急激な真円を描く
 肉の造形は、いてもたってもいられないような存在感を持っている。決して肉が付き過ぎてい
 るわけでもなく、しかし大腿に重なる下方の肉は、これほどの段差もなく、それでいてくっき
 りと半月状に、ぷっくりとふくれていた。まるで滑らかな薄ゴムで造られているようだが、そ
 こには有機的な温かみと生々しさ、そしてしっかり内側まで詰まっているであろう脂肪の、重
 くもなく軽くもない質量がある。もうひとつ言及するならば、無機物が持っている清潔過ぎる
 が故の恐ろしさがない。そこは確かに新陳代謝を繰り返す生きた組織であって、匂いもすれば
 味もする、不潔な、しかし安心出来る場所であるのだ。しかしなんといっても、決して崩れな
 い形を固持しながらも、むっちりとした柔らかさを失っていないのが、見ただけでそうと知れ
 るのが素晴らしい。ふんわりとした雰囲気を持つ虹野沙希という少女の、まさにこれが臀部な
 のだと納得するしかない。
  その臀部を覆う下着は、ショーツというよりは、ぱんつ、であった。これもまた性の持つ幼
 児性故の感慨なのか、とにかく彼はそう思った。彼は女性の下着についてさしたる知識も持っ
 ていなかったが、ぼんやりとした情報によれば、それは小さな三角形をしているはずであった。
 さもなければゆったりとした、臀部全体を覆う布である。が、沙希のそれは、丁度その中間の
 様相を呈していた。臀部の四分の三程度の面積を覆っているといえば、ゆったりとした、とい
 う表現がぴたりとくるが、その肉と布地を隔てるラインは微妙なカーヴを描き、決して野暮っ
 たい印象は抱かせない。多分それは、薄い布地の創り出している雰囲気のせいだろう。ぴった
 りと肉に張りつきながら、締めつけている印象は微塵もない。これっぽっちも無駄な部分がな
 いのに、尻の上で柔らかな皺――というよりは山や谷を現出させているのだ。その布には白と、
 寒色であるにも関わらずに優しい印象を持ったスカイブルーのストライプが横に走り、ふたつ
 の肉丘のもつ丸みを、これでもかと見せ付けている。僅かに尻肉の間に挟まった部分があるの
 が、何故か健気な印象を抱かせる。下着にもセンスがあるとするならば、これほど沙希にマッ
 チしたものもあるまい。刺々しくもなく、見栄もなく、さわやかで、そして優しい印象だ。お
 そらくは彼女が自ら選び、そして購入した品物だろう。
  急速に陰茎を勃起させながら、彼はひたひたと考えた。世の中の進歩は凄まじく、様々なも
 のが日進月歩の勢いで進化を遂げている。生活は十年昔日の感で、豊かに、そして便利になり、
 娯楽の分野とてそれは例外ではない。万物の長を自認する人類が、持てる力のすべてを注ぎ込
 んだ結果だ。しかしそれでいて、確かにそれをもって娯楽とすることには若干疑問の余地が残
 るものの、女性の代用品を見出すことは出来ていない。思えば性に関する様々な発明品が世に
 溢れているにも関わらず、未だこれだ、という物は現れていない。いや、将来的にまったく人
 間の女性と変わらない性欲処理用の何物かが創り出されたとして、結局それすらも代用品の域
 を脱することはないのだろう。目の前の少女の臀部は、他には得難い、実に子供じみた感覚で
 の「たからもの」といった感慨を強く抱かせ、そんな考えすら惹起させる。
  沙希は相変わらず、ぴくりともしない。その背中からはいかなる感情も読み取れなかったが、
 この際それがなんであれ構わなかった。経緯はどうあれ、とにかく悪戯をしても構わないと自
 らの尻を捧げているのは事実なのだ。深い肉体関係に至るのならば死んだ方がましだと言明さ
 れているとはいえ、保身の為ならばこのくらいは構わないということである。考えかたをほん
 の少し捻り、そして最大限に解釈を変化させたなら、少なくともそのレベルでならば己を受け
 入れてくれているということだ。ここ一年ほど、片時も忘れることなく想い続けた少女に受け
 入れてもらえた。これほど喜ばしいことはない。人がどの様な判断をもってその基準を定めて
 いるのかの解明は哲学の使徒に任せるとして、とにかく尻に触れるというのは、会話を交わす、
 或いは殊更の意図もなく手に触れるといった日常的行為からは逸脱した、純然たる性行為に違
 いないのだ。
  まさに、である。彼は生まれて始めての行為に恐ろしいまでの興奮を覚え、視界に映る映像
 をくらくらとさせながら、そっと右手を延ばした。ひたり、とそれが触れたのは、沙希の臀部、
 その右側の肉丘だった。丸みに併せて掌の形を変えると、丁度親指の腹に尻の谷間がくっきり
 と感じられた。
  僅かにでも反応があるだろうかと彼は思ったが、やはり少女は無言であった。
  それを肯定の意と受け取り、彼は軽く掌に力を込めた。
  ひやりとした下着の感触の底から、甘い温かさが滲み出てくる。くい、と掌を更に押し付け
 ると、沙希の体温は確実にその伝播の範囲を広げる。いまや五指にまで残らず伝わってくるそ
 れは、奇跡のように切なく彼の心を掻き乱した。血と肉と、そしてそれらに宿る精神。十七年
 間沙希のものだけであった感覚を、彼はおそらく世界で唯一共有したのである。
 「くあ――」
  小さく呻いて、ひくん、と腰を引いたのは彼だった。睾丸の付け根、その奥深い部分から尿
 道を伝わり、むず痒い感覚が走ったのである。二度三度と腰を痙攣させた彼は、とろりと少量
 の精液がトランクスの中に溢れたのを感知した。なにもしていないのに精液が零れ出すという
 現象を、彼は始めて知った。
  衝動的に、
 「すごい、虹野さん。ちょっと精液漏れちゃった」
  と口走る。
  口にしてから羞恥心がやって来たが、何程のこともない。それよりも己の正直な反応を伝え
 られたことに深い満足を覚えた。自分の肉体に興奮した男が精液を漏らした。それを知った少
 女は、間違いなく性的な感慨を抱いたであろう。詰まるところ生物として、パートナーに生殖
 を求められることほど冥利に尽きるものはないのだ。パートナーに対する良否、或いは女性に
 おけるところの性癖はこの際論外だ。少なくとも彼は、それが男としての性癖なのかどうかは
 歴としなかったが、ともかく愛情を抱いていない相手に子を産ませることも出来そうだったし、
 そこに付随する行為に喜びを感じることも出来ると思われた。いわんや、それが想人となれば、
 である。
  そんなわけで、彼は己の示した反応にひどく性欲を煽られていた。我知らずに精液を漏らす
 ほど、自分は眼前の少女に焦がれているのだ。それは生物として、雄として、非常に誇らしく
 感じられた。
  しなやかに五指を握り締めると、もっちりとした柔らかさが返ってくる。彼にはその経験が
 なかったが、おそらく発酵の進んだ、内部にたっぷりとガスを含んだパン生地をこねると、こ
 の様な感触がするだろうと思われた。どこまでも柔らかく沈み、ある一点を超えると手応えの
 ある弾力が押し返す。なにやらレアステーキを口一杯に詰めこみ、溢れ出る肉汁諸共、思いき
 り咀嚼しているような感慨を覚えてしまう。
  胸中の喜びに息を荒げながら何度か尻を揉み、彼は尻の谷間に親指を押し入れた。つぷりと
 想像以上に深く、殆ど指の付け根までが温みに包まれ、指先に硬いゴムの様な手応えがあった。
  肛門に違いない。彼は悲鳴を上げて、またしても精液を漏らした。
 「――ちょっと、やだやだ!?」
  同時に、ひどく早口に沙希が悲鳴を上げた。羞恥と驚愕をたっぷり含んだそれは、完全に裏
 返っていた。バネ仕掛けの様に上半身が跳ね上がり、くるりと旋回して男と対峙する。
  それで、彼女は呆けたように腰を痙攣させる彼の姿をまともに見ることになった。それが何
 を意味するのか覚ったのか、少女はたちまち、それこそ目元までを桜色に染め上げ、それでい
 てしっかりと彼の股間に視線を落としてしまった。嫌悪の底から衝き上げる好奇心によるとこ
 ろか、その瞳は強く輝いていた。
  あ、と小さく言ったのは双方同時であった。彼は興奮に陰茎をひくつかせ、少女は更に視線
 を下げ、足元に滴り落ちるような表情を前髪の裏に隠蔽した。
  小さくなって佇む少女に、彼はむしゃぶりつきたくなる衝動をようようと堪え、
 「精液、見る?」
  と問い掛けた。
  少女は無言のまま、激しく頭を振って否定の意を示し、辺りに洗髪剤の香りを漂わせた。同
 じ様に空気に滲んだのは、隠しようもない明らかな喜色と、それを若干上回る恐怖の匂いだっ
 た。気配は濃密で、思春期の少女の不安定な心の機微を、余すところなく立ち昇らせていた。
  ふわり、とも、さらり、ともつかない、滑らかで柔らかそうな短髪が揺れるのを好ましく思
 いながら、
 「じゃあ早く、続き」
  と彼は促した。無理にでも見せ付けたいという欲求はあったものの、何故か敏感に察せられ
 る気配からすると、どうやらそれは現在の時間に幕を引きかねない、危うい物に思われたのだ。
  沙希は動かなかった。
  不安に駆られた彼は再び促したものの、少女はやはり俯いたままだった。
  そこから消え入るような声で、
 「だって、触るんだもの」
  と、若干の潤みを帯びた言葉が紡ぎ出された。
 「そういう約束だったでしょう?」
 「違うの、そうじゃなくて…」
  次の声には熱が篭った。
 「おしりの、あれ…」
  羞恥のそれだと理解して、彼は沙希の言わんとしている事象を察知した。
 「だって、そこもおしりだよ」
 「でも、いやなの」
 「どうして?」
 「恥ずかしいから…」
 「おれは気にしないよ」
 「わたしがいやなの」
  気持ちはわからないでもなかったが、彼は引き下がるつもりは毛頭なかった。
 「この際、悪いんだけど虹野さんの意見は無視するよ。だってそういう約束なんだから」
 「そんなの――」
 「大丈夫だから、ね?」
  何が大丈夫なのか、とにかく彼は焦りを押し殺そうと努力しながら、そうやって少女を宥め
 すかした。同時に意識的に陰茎をひくつかせて、そいつを突き出し、沙希の視界に無理やり入
 れては更に詰め寄った。どうやら自分も恥ずかしい部分を見せているのだから、と、彼なりの
 交換条件のつもりらしい。
  そのどちらに効果があったのか、沙希はやがて、
 「でも、あんまり触らないでね…」
  と釘を刺しながら、再び彼に尻を捧げたのである。
  彼は早速そこにへばりついた。
  優しく掌で丸みを撫でる。さらさらとした下着の触感に胸が踊る。何故そこまで異性に魅か
 れるのか、彼が思うところによれば、それは間違いなく種の保存を第一義とする本能の成せる
 所業であった。だから、性行為に肉体的快楽が付随するのは、言わば副次的なものなのだ。仮
 に一切の快楽がないとしても、人は性行為を止めはしないだろう。快楽そのものを求めるので
 はなく、あくまで生物は生殖活動を行わんが為に異性を欲するのである。それだけに事に際し
 ての喜びは大きい。なにしろ生物としての本懐を達する喜びだ。文化的活動などと称する幾多
 の行為、それらに付随する本来の生命活動に関してはまったく無益な上辺だけの喜びとは質が
 違う。少なくとも、本能などという正体のない概念をこれと認識している人間は、その辺りの
 真理に気付いているはずだ。しかしながら際限のない性欲は、生命維持に必要な他の活動、大
 なるところでは食欲などを阻害してしまうおそれがある。その点では肉体的快楽にも意味があ
 るのだろう。男性ならば射精と共に性的絶頂感が訪れ、それが苦痛や他の忌避的な感覚でない
 理由は言わずもがなであろうが、行為が終了したことを個体に知らしめ、またの機会が訪れる
 そのときまでは、性欲を眠らせておくのだ。つまり生物、とりわけ人間は、性行為を成すため
 に自らの生命を存続させているのであって、その他の行為は単なる片手間の戯れにしか過ぎな
 いのである。
  両掌をそれぞれの肉丘に置き、肉の圧縮される音さえ聞こえるのではないかと思えるほどに
 揉みしだく。脂肪さえ滲み出るのではと続けるうちにも、尻肉は力を抜けばすぐに復元してし
 まう。到底信じ難い充足感が口中に溢れる。許している少女に、許されている少年。狭い空間
 にふたりきり。そのふたりだけが密やかな行為のなんたるかを理解している。彼はたまらなく
 幸せだった。
  脂肪層の奥底で、少女の筋肉が健気な弾力をもって収縮していた。むずり、とした心地よさ
 に、彼は堪らなくなった。両方の親指をふっくらと閉じた肉の狭間に押し入れ、ぱっくりと開
 いたのである。
  一度目は失敗した。下着が突っ張り、谷間に掛かる雲の如く、そこをすっかり隠してしまっ
 たのである。
  それならばと両側から布地を寄せ集めて余裕を持たせ、彼は再度掌に余る肉を押し開いた。
 「や――」
  きゅう、と首を竦め、少女は跳箱にかじりついた。その背中から熱気が発散されたのは、決
 して錯覚などではなく、瞬く間に羞恥が体温を急上昇させたことの証であった。
  彼もまた全身に熱感を帯びながら、前立腺に疼痛を覚えつつその様にのめり込んだ。尻の肉
 は指の形にあわせて歪みながら、それでもふたつの塊となって変形している。全体から受ける
 印象はハート形のそれだ。彼が何度となく自慰に耽りながら、悲鳴と共に精液を漏らしていた
 そのとき、常に脳裏に思い描いていた光景であるが、しかしこちらには温度もあれば触感も伴
 っている。夢が叶った、という抽象的な喜びを、彼は始めて体得出来た。
  尻を開いたまま、親指で肛門を優しく撫でる。擂鉢状の窪みが確かに感じられる。
  ひくくん、と沙希の背中に痙攣が走り、少女は息を詰まらせて身体をくねらせた。羞恥と刺
 激に対する反応、おそらくは純然たる反射的動作に違いないのだろうが、目にする者には実に
 愛らしい仕種に映るだろう。
  彼は欲求に従い、開いた尻肉の固定を片手に任せ、自由を得たもう片方の手、そのひとさし
 指で何度も何度も刺激を送り続けた。微かに耳に届く布擦れの音が、どこか優しげに聞こえる
 のはそさのせいだろうか。
  とはいえ、いつまでもそのままではいられない。またしてもじくじくと前立腺を刺激する射
 精感が、ひどく焦りの感情を煽り立ててくる。最早呼吸すら意識的にこなさなければならない
 ほどに少女の肉体に欲望を覚えた彼は、それでも恐る恐る、ひとさし指の先端を肛門に押し込
 み始めた。
  今度こそ硬い生ゴムの手応えがあった。薄い布地でさえ主人を護ろうとするように抵抗を見
 せる。それでも僅かに沙希の体内に埋没した指先には、熱いほどの体温と健気な圧迫感が伝わ
 ってきた。
  切羽詰まったのは沙希だ。
 「やあっ――」
  と一声跳ね上がり、必死に身を捩る。
  彼は斜に構えて左半身を沙希の身体に預け、左肘でその動きを封じ込めた。そのまま指をく
 ねらせて括約筋の抵抗と熱感を自らの神経に取り込みながら、狭い肉孔の内側を思う様ほじく
 り返した。
 「すご――あっつ――虹野さんのなか――」
 「やめ――おねが――」
  どちらも荒い息の下、切れ切れの言葉で意思の疎通を図る。滑稽ではあるが、若い肉体から
 無遠慮に発せられるエネルギーたるや、この場に第三者がいたとして、残らずその者の性欲を
 刺激せずにはおかないほどの猥雑さに満ち、湿潤な空気には桜色の霞が掛かっても不思議はな
 いとさえ思われた。
  勢いづいた彼は、必死の抵抗に悶える少女の力にさえ性欲を滾らせ、今度はショーツの両端
 を鷲掴みにして中央に寄せ集めると、そいつをぐいとばかりに引っ張り上げて、尻の谷間に食
 い込ませるという暴挙に出た。別段それが目的だったわけではなく、なんとしても生の肌を見
 てやろうという腹である。
  つるりとばかりに剥き出しにされた尻は、改めてどきりとするほど鮮やかに映えた。白く滲
 む肌には、そうありながらも艶やかな光沢が煌いている。名画と呼ばれる絵画に数多ある裸婦
 象。そのいずれもが、この淫猥でありながら爽やかな色味を再現することは出来ていない様に
 思える。まさに生体のみが持つ、生臭いまでの存在感。更には彼にしてみれば、これは疑いの
 余地もなく、想人、虹野沙希のそれである。尻にまで彼女の雰囲気は息づいているのだ。
  己の臀部がどのような状態になっているのか、沙希が気付かないはずもない。いやあん、と
 紛れもなく聞き取れる悲鳴を発して、却って彼の陰茎から精液を溢れ出させてしまった。なに
 しろ典型的な少女の羞恥による悲鳴を、沙希の声で耳にしたのである。
  生肌に触れると瞬間的に冷感を覚えたものの、すぐにそれは熱感に取ってかわられた。
 「ひゃん!?」
  と沙希が滑稽な悲鳴を上げたのは、同じ感覚を味わったからだろう。
  そこはひたりと吸いつくようで、ふよふよと弾かれるようで、上質の紙よりもすべすべと滑
 らかで、いつの間にか滲んだ汗がべとついているという、実に相容れない印象を持った場所だ
 った。どうにも喩え様のない感覚は声高に叫ぶ。これが尻であって、すべてなのだ。人が陳腐
 な表現でしかその辺りを他人に伝えられないのは、どうあがいたところで比喩などは到底不可
 能であるからだろう。それでいて、尻のような、或いは他の肉体的部位、乳房のような、とい
 う喩えが殆ど存在しないのは、この妙なる物体に触れられた幸運な人間がそれほど多くない証
 であり、無論可逆的に他に類似するものが存在しない証である。どうやら少女の肉体とは、つ
 まりそれほどの存在であるらしい。
  荒い息だけが交錯する攻防にあって、彼は尻を撫でながら、その刺激的な光景に心奪われて
 いた。恥知らずに布地を食い込ませた尻は、それがために双丘の起伏をこれでもかと見せ付け、
 沙希の尻肉、彼女が摂取した食料、数多の命が集約した部分が、驚くほど肉厚であり、申し分
 のないクッションとなっていることを知らしめるのだ。
 「ぷっくりしてるよ。恥ずかしくていやらしいなあ」
  ふいに心を満たした加虐的な、そして背徳的な思考が彼の口を操った。まったく、虫も殺せ
 ないような顔をしていながら無遠慮に様々な生物を胃の腑に収め、その貴重な生命でこんな尻
 を造っているとは、呆れてものも言えないし、まったくもってなんと愚かであり、なんと素晴
 らしいことだろうか。虹野沙希という名をもった精神の宿る肉体は、生殖だけを目的として形
 造られているのだ。
 「虹野さんは変態だよ。だってこんなおしりをしてるんだから」
 「そ、そんなことないもん!」
 「うそだ!」
  彼は名誉を守らんとする抗議に対し罵声ともとれる一喝を成し、
 「食うもん食ってぶりぶり出してるんでしょう!」
  と、沙希にしてみればまったく訳のわからない台詞を吐き、力いっぱい尻を開くと、その狭
 間で縒り合わされて棒状になった布地を、ぐいとばかりに脇に寄せた。
  彼の声は、昂ぶりながらも細かく震えていて、いまにも崩れ落ちるのではという危うさを含
 んでいた。男の凶変に少女は怯えたが、それよりも己の肛門が晒されたことに対する羞恥心の
 方がのっぴきならなかった。湿った部分に外気が触れ、ぞっとするような冷感が生まれている。
 彼女自身眼にしたことのない場所である。
  当然ながら、そして持ち主に先んじて、彼の眼にもそれは映っていた。が、いまとなっては
 忌々しいばかりの布地が頑固なせいで、はっきりとは見えていない。白い肉の狭間は粘液質の
 汗に光り、その中央で、急激に色味を変えながらもちんまりと纏まった見事なグラデーション
 を成した少女の肛門は、極めて薄い烏賊墨色をその正体として、もがく肉体に併せてよく弾む
 尻の合間に、ちらりちらりと視界をくすぐるのだ。
 「茶色、茶色だ!」
 「いやだよう――」
  これから後、沙希がことあるごと、排便や自慰を行う度に、思い出したようにコンプレック
 スを抱いては、色素沈着には酢を塗ると良いという通説に、幾度となくすがりつきそうになる
 原因を作った台詞を、彼は切羽詰った声音で宣言した。
  反応するように肛門がひくつくのを、彼は確かに見た。長く記憶に留めておけるほど明確に
 ではなかったが、なにかこう、窪んでいながらも盛り上がっている部分が、それを隠そうとす
 るように内側に縮こまるような、ぼんやりとしたイメージだった。
 「すご――ちんぽが――漏れそう――」
  彼は白痴染みた顔であわあわと唸った。前立腺に巣食っていた疼きは脊髄に移り、ぬるぬる
 とした妙な掻痒感覚を伴って、激しく射精を促そうとしている。腰がひくつき、自然にかくり、
 かくり、と蠢いてしまう。
  不思議なことに、それを聞いたであろう沙希の抵抗が、瞬間、密やかなものになった。彼は
 少女が異性の性的反応に好奇心を抱き、それがために息を鎮めて耳を欹てているのだろうと考
 えたが、おそらくその通りなのだろう。性行為を強要されているとはいえ、無論それは脅迫と
 いう事実があってのことだが、とにかくも取り引きに応じたのは確かだし、相手の男も知らな
 い者ではない。そもそもそれほど粗野な人物ではないという観念があるから、このような状況
 にあっても、思春期の好奇心は憚りなく頭をもたげるのだろう。しばしば彼女が自慰行為に耽
 る際に想い描くのは、硬く勃起した陰茎から精液が飛び出すその様なのだ。
  それをいいことに、とは言えないが、彼はどうしても沙希の尻の味を確かめたいという欲求
 を満たさんと、少女の背中に圧し掛かった無理な態勢から、腰を折り、首を伸ばし、奇妙な格
 好で臀部に向かって顔を押し付けたのである。
 「あ、だめっ!?」
  鼻息と、ぬるりとした舌の感触に、沙希の口から悲鳴が迸った。
  同時に悪寒が走ったのか、彼の身体に実に心地のよい振動が伝わった。
 「なめるの、ちがうよう!」
  それは約束していた触るだけという行為を逸脱しているという意味なのであろうが、抗議に、
 しかし彼は耳を貸さなかった。そもそも彼の口が辿り着いたのは、臀部とはいえない場所であ
 る。腰の硬い部分から、なんとか脂肪のついた柔らかい部分に移行するかしないかという辺り。
 それが精一杯なのだ。
  とはいえ、彼は眼も眩むような興奮の中、はふはふと下品な吐息を漏らしながら、めちゃく
 ちゃにその場をなめまわしたのである。溢れ出る唾液をそのままに、ぬめついた肌を更に濡れ
 光らせてゆく。唇と舌に感じるのは滑らかな感触と、塩辛い汗の味、それからほろ苦い角質と
 甘やかな脂の味であった。三種類の味覚はどういうわけか、彼の脳内にひとつの物質の名を結
 ばせた。土である。肥沃な、たっぷりと水分を含んだ黒土。沙希の肌は、確かにそれに近い滋
 味を持っているのだ。なるほど、人とは確かに大地より生まれいずる生命に違いないのだろう。
 鼻腔に神経を集中させれば、そこには限りなく性欲と――そして食欲を――そそる、黒蜜のよ
 うな血の匂いまでが漂ってくるかのようだった。
  くちゃくちゃと素早く蠢く感触から男の狂態を察したのか、短い呻きを連続して発しながら、
 沙希は腰を振ってなんとか逃れようと努力を惜しまなかった。背中を押し潰されて呼吸も難儀
 な状態ではあるが、それでも本格的な拒否行動に出ないのは、ここに至っても取り引きという
 言葉が彼女を束縛していると見るべきだろうか。或いは異性の淫猥な行為に、僅かながらも恍
 惚とした感情があるのかもしれない。
  それがいかな種類であれ、確かに己の行為に少女が反応を示しているという事実は、彼にし
 てみれば好ましいことこの上なかった。思考の深い部分では己の痴態に羞恥を覚えながら、そ
 れ故に意識的に激しく舌を這わせてしまう。日常では決して許されない、他人の肌を思う様な
 めまわすという行為は、彼をして恥辱的と思える行動に駆りたてるのだ。それは胸中に、じん
 とした何かを呼び覚まさずにはおかない。感動的な、或いは爽快な、という意味を示す古い言
 いまわしであるところの、痺れる、という感覚は、決して嘘ではないと、彼はぼんやりと思っ
 たものだ。
 「あ、ばかっ!?」
  他人に対してそのような言葉を向けるなど、沙希には滅多にないことだったが、突然そんな
 ことを叫んだのには、当然ながら理由があった。じりじりと尻に近づいているらしい男の顔か
 ら大きな吸気音がしたかと思うと、確かに尻の谷間に風の動きを感じたのだ。匂いを嗅ごうと
 しているに違いないと察した瞬間の彼女の表情を彼が眼にしたとしたら、それだけで本格的な
 射精に至ってしまったかもしれない。
  きゃあきゃあと喚く少女にぞくぞくしながら、彼は懸命になって息を吸い込んでいた。とこ
 ろが距離がありすぎて、どうしても彼がイメージするところの匂いは鼻腔に届いてはこなかっ
 た。あまりに強く空気を吸い込むので、微量であるに違いないその部分の臭素が、殆ど素通り
 の状態で肺に達してしまうらしい。緩やかな呼吸を行えば、少女の湿った温かい匂いを感じる
 ことは出来たが、それはいま望んでいるものではなかった。
 「あぶっ――」
  妙な苦鳴を漏らして彼は若干仰け反った。最後の手段とばかりに跳ね上げられた少女の腰に、
 したたかに顎を打ちつけられたのである。
 「つう」
  思わずそう言うと、ぴたりと少女の動きが止まった。
  彼はだからといって少女の拘束を解いたりはせずに、痛む唇をそっと白い肌に押し付けてみ
 た。そこには薄く血の跡が残った。どうやら唇を噛み切ってしまったらしい。
  ややあって、
 「だ、だいじょうぶ…?」
  というおどおどとした声が流れた。己の抵抗が相手になんらかのダメージを与えたらしいと
 覚った少女が、こればかりは持ち前の優しさからか、そんな気遣いの言葉をそっと掛けたので
 ある。損な性格といえば損な性格だ。
 「血が出た」
 「ほ、ほんとうに? どこから?」
 「唇から」
 「いたい? ごめんね、ごめんね?」
  心底かららしい声音に、彼はほんのりとした気分を取り戻していた。相変わらず背中を肘と
 体重で押さえつけているとはいえ、既に少女の抵抗は皆無だ。しかも彼は応答の最中、やわや
 わと彼女の尻を揉み解していたのである。そうしながら、そうされながらの穏やかなやり取り
 は、憤怒の如く性欲ではなく、愛しい想人に対する憧れと労りを呼び覚ます、秘めやかな性欲
 をじんわりと滲ませるのであった。激しく勃起した陰茎は、それまでは恥部であり、それを少
 女に知らしめることによって自虐的な喜びを得ていたのであるが、いまではそれがとても誇ら
 しく、それ故の喜びに満ちていた。
  尻を揉まれながら少女は言う。
 「おしり、さわってもいいけど、その、顔は近づけないで」
 「ん」
  素直に彼は頷いた。毒気を抜かれたとはこのことだが、どうやら性欲の本質は毒ではないら
 しい。毒気に満ちた性欲も捨てたものではないが、安息とくすぐったいような感慨に満ちた性
 欲もまた素晴らしいものだ。
  が、性欲の本質を云々するのであれば、それが決して尻にのみ帰結するはずもないことは自
 明の理である。本来であればそれこそが最終目的ではあるが、それは取り引きには含まれてい
 ない事項でもあり、尻という目先の存在があまりにも大きく、それが為にここに至るまでは思
 いもつかなかったのであるが、落ちつきを取り戻したことにより、彼の意識がそこに、即ち尻
 の更に下に向けられ始めたとしても、無理からぬことであったのかもしれない。すべてを寛容
 したかの様な少女の態度も、それを助長する一因になっているのだろう。
  驚かせない様にゆっくりと忍ばせるか、それとも有無をいわさず攻め入るか。彼はその場に
 続いている尻の柔らかさに考えた。寸刻あって、結局、後者を選択した。現実的に考えて、や
 はり少女に抵抗がないとは考えられない。それならば咎められるにしても、一瞬なりともその
 感触を知っておきたかった。
  彼は窮屈な格好で閉じられた大腿の付け根、尻の丸みが左右からふくよかに連なる部分に狙
 いを定め、一息に指を侵入させた。
  声もなく少女の背中が仰け反った。彼の体重を跳ね返しそうになるほどの力だった。
  彼の腰に、またしてもずきずきとした脈動が蘇った。
  肉の狭間はひどく熱く、ひどく湿っていた。彼の掌は尻のふくらみに併せて碗状に弧を描き、
 そこに侵入を果たせたのは五指の中央に位置する三本の指だけだった。両側の指は大腿のぐん
 にゃりとした、しかし力強い筋肉に挟まれて思うに任せないが、唯一中指だけが僅かな空間で
 自由を得ていた。
  ぐう、と興奮に呻きながらこじるように中指をしゃくると、信じ難い、危ういほどの柔らか
 さが伝わってきた。ショーツの布地、それがあるからこそ、そこは形を保っていられるのであ
 って、実は中に満ちているのは、とろみのある液体なのではと思われるほどであった。熱く溶
 けかかった寒天の中に、ずぼりと指を浸したような感覚だ。
 「う、うわ」
  どこがどうなっているのかさっぱりだった。ぷりぷりと圧迫してくる感覚からすると、縦に
 走っているであろう谷間の中に、中指がぴったりと納まっているのかもしれない。だとすると
 そこは想像以上にふっくらとした場所に違いない。
 「そ、そこおしりじゃないよう!」
  一声、沙希がひっくり返った声で言った。
  それで彼は眩暈を起こした。だとすればやはりここは少女の性器に違いない。インテル・フ
 ァエセス・エト・ウリナス・ナスシムール。ふと脳裏に浮かんだそんな語句は、彼が以前にど
 こかで見聞きしたそれであった。不思議なことに一語一句たりとも誤りがないと知れるその言
 葉は、過去、何処かの地の僧侶が口にした文句であり、その意味は、大小便ひり出す孔の間よ
 り我らは生まれ出づるなり、であるはずだった。件の僧侶が何を言わんとしていたかはこの際
 として、つまりそこはその様な場所であるのだ。少女が羞恥に堪えられなかったのも無理はな
 いし、彼女が最も恥ずかしいと考えているそんな場所を、己はまさぐっているのだ。性欲の集
 約した場所であり、肉体と精神に恥知らずな性的快楽をもたらす場所を。
 「あ、あったかいよ、虹野さんのおまんこ!」
 「だめぇ!」
  再び、いやあん、と少女は跳箱に齧りついた。抵抗するというよりは、あまりの恥ずかしさ
 にそうすることしか出来ないといった風情だ。びくびくっと尻から大腿にかけて滑稽なほどの
 痙攣が走り、彼はむきになって中指を躍らせた。時折柔らかい肉が圧縮されて、こりっとした
 手応えを伝えてくる。
 「い、いたい!」
  そのたびに沙希が尻をひくつかせて悲鳴を上げる。
  彼はこのままではいけないと恐怖を覚えた。あまりに沙希を追い詰めたなら、何もかもが御
 破算となってしまうかもしれない。
  そこで彼は、ただ尻と性器に己の手指を密着させるだけに留まり、宥めるように、しかしど
 うしても切迫してしまう声で懇願を始めたのである。
 「虹野さん、虹野さん! 落ち着いてよ、ねえ!」
  何度か繰り返したところで、漸く沙希の身体から動きが消えた。漲る緊張だけは依然として
 残っているが、それは是非もなしである。
  その機会を逃さじと、彼はたっぷりと切実な想いを載せた声で言う。
 「虹野さん、おれ、ずっと虹野さんのことが好きだった。いまでも好きだ。でも、こんなこと
 になって、もう虹野さんのことは諦めるしかない。勝手な言い分だけどさ、脅迫なんかするま
 えに、どうして好きだって言えなかったのか、すごく後悔してるよ。でもさ、虹野さんの態度
 ではっきりしたよ。好きだって告白しても、つきあっては貰えないって。いや、べつにそれは
 いいんだ。恨んでなんかないよ。ただ、ね、だからこそ、いまのこの時間、おれ、とっても嬉
 しいんだ。虹野さんにしてみたら迷惑な話だろうけど、ずっと好きで、でも手の届かない女の
 子とこんなことが出来るなんてさ、ほんとに夢みたいだよ」
  そこまで一息に言って、彼は大きく息をついた。
  少女は何も言わない。
  彼は続けた。
 「好きな女の子といやらしいことするのが夢みたいだなんてさ、酷い奴だと思うだろう? で
 もさ、こいつは誓って言うけど、どんな男だってみんなそうだよ。誰に訊いたわけでもないけ
 ど、おれは男だからわかるんだ。おれだけが特別じゃないって。男なんて好きでもない女の子
 とだってこんなことが出来る。でも一番したいのは、やっぱり好きな子となんだよ。おれは男
 と女で考えが違うのかどうかわからないし、もしほんとうに違ってたとして、女の子の気持ち
 はわからない。だからこれが男だけの気持ちなのかどうかもわからないけど、つまりそれがそ
 の、有体に言って男の、愛ってやつだと思うんだ。もちろん幸せにしたいとか、守ってあげた
 いとかも思う。思うけど、だからっていやらしいことがしたいって気持ちが全然ないわけじゃ
 ない。多分、それが一番強い気持ちだよ。だから――」
  声に詰まった彼は、搾り出すような吐息と共に二の句を継いだ。
 「お願いだから、いまだけだから、このまま触らせてよ」
  言い終えて、彼はがっくりとうなだれた。省みてこれほど身勝手な上申もあったものではな
 いと思い至ったからだ。が、思考を纏める間もなく口から紡ぎ出された言葉に嘘はなかったし、
 正直なところであるのは疑いようもなかった。たとえそれがあくまで持論の域を脱していなか
 ったとしてもだ。詰まるところ人は己の意見にしか耳を貸せないのである。
  だから、
 「そっとしてね…」
  と応えた沙希の言葉も、それは間違いなく彼女が導き出した答えに違いないのだ。
 「いいの!?」
 「うん…」
  恥ずかしげに頷かれ、彼は半々の気持ちで心を満たした。取りたてて否定のない彼女の態度
 は、つまりふたつの意味を持っている。ひとつは、自分とはつきあわないという事実、そして
 もうひとつは、性器に触れても構わないという許諾。
  と、なれば、彼は我が身に与えられたひとつの幸運をすべてとして享受するしかない。怯え
 た猫のようにそっと少女から身体を退け、それでも彼女の股間に挿し入れたままの指を控えめ
 に遊ばせる。
  息を激しくさせながら、彼は己が少女の性器に触れているのだという事実に吐気を覚えるほ
 どの興奮を示し、なんとか指先からその場の情報を吸収しようと躍起になった。沙希にしろ己
 にしろ、今後誰とどのような肉体関係を結ぶとしても、今日この時の記憶は死するまで記憶に
 留まるのだろう。その記憶をより鮮やかにさせる為に、是が非でも成し得なければならない。
  が、彼は気付いていた。秩序だった分析など出来ようはずもない。布地と柔らかな肉と湿っ
 た空気の感触はてんでばらばらに脳内に格納されてしまう。それぞれの感触について脳はただ
 性欲に支配されるだけで、すべてを結びつけて論じようとする働きを、まるで行おうとはしな
 いのだ。
  指先には、ざらついた摩擦があった。それが布地の持つものなのか、己の指紋によるものな
 のか、彼には判別出来なかった。密やかに、擦過音すら聞こえるのではないかと思えるほど密
 やかに、彼はそこをゆるゆると擦り続けた。
  柔らかさは凶悪であった。少女の肉体が造り上げた、おそらく最も繊細な組織は、それでも
 よくよく感じてみるにつけ、確かに健気な弾力を伴っていた。彼は胸の中で射精が起こってい
 るような奇妙な感覚を覚えながら、何度もそこを押し続けた。
  湿気には温度があった。大腿と、尻と、性器から発せられる熱は、汗を篭らせて彼の指をふ
 やけさせるほどに蒸し上げた。そこにはおそらく匂いが混じっているはずだった。彼は嗅いで
 もいない匂いを鼻腔深い部分に感じて、熱い血液がそこから溢れ出るのではないかと危惧した。
  次第に彼は沙希に性的な快楽を与えようと思い始めていた。ギブアンドテイクといった種類
 の感情ではない。ただ、少女が性的な刺激に恥ずかしげもなく鳴くところが見たかっただけだ。
 それでなくとも羞恥は感じているはずだ。おそらくはこの状況を分析しながら、沙希は心中で
 悲鳴をあげているに違いない。ことによると両親に対して申し訳なく思っているのかもしれな
 い。父母の温かい庇護のもと、惜しみない労力をもって育てられている愛娘である自分が、性
 器を同級生に触らせている。無論庇護なくしては三日たりとも生きて行けない自分が、生殖活
 動に際するような行為を、身の程も弁えずに行っているのだ。両親がそれと知ったとしたなら、
 果たしてどのような顔で嘆くのか。どのような態度で叱りつけるのか。それらを思えば、決し
 て我が身の勝手などとは言えないだろう。彼はそんなことを考えて、更に妄想を逞しくさせる
 為に、彼女を喘がせてみたかったのだ。
  一度許してしまった後、沙希はぴくりともしなかった。ただじっと黙して性器を差し出すの
 みだ。彼がいかに刺激を送り続けても、それは変わらない。彼としては女の子というものは刺
 激を受ければ必ず喘ぐものと思っていたのだが、どうやらそうではないらしかった。しかし確
 実に性器に送り込まれる刺激は受け取っているに違いない。そう思考を変化させると、それも
 悪くはないと思えてくる。他人に性器を擦られていると認識していながら、それを許している
 少女。なんとも破滅的な喜びがそこにはあるのだ。
  延々十五分ほど、彼は性器を擦り続けた。知識の中にあるおぼろげな女性器の形を指先で確
 かめようとしたが、どうやらそれは徒労に終始しそうな気配が濃厚であった。なんとか感じ取
 れたのは、やはり女性器とは縦に割れているらしいというくらいであった。指先がそこに潜り
 込むと、優しげな圧迫感と、甘々とした熱感を覚える。
  と、彼は気付いた。確かに布地にぬるみを感じる。水のように容易く布地を透過するのでは
 なく、繊維の隙間から僅かに滲み出るようなそれだ。丁度沙希の股間の部分はショーツが厚い
 作りになっているので、余計にそう感じるのかもしれない。
  気がついた時には、もう中指全体がその液体に包まれていた。性器の溝の中を往復させる度
 に、にちゃついた感触がついてまわる。沙希が体液を漏らしつつあると知って、彼は陰茎を激
 しくひくつかせた。
  が、相も変わらず沙希の背中に変化は見られない。
 「ふううううううううっ!」
  唐突に沙希が甲高い声で呻いた。大腿の内側の肉がものすごい速度で細かく痙攣し、膝がか
 くかくと笑う。尻の肉はひくひくと開閉を繰り返し、背中からうなじにかけてはやはり痙攣が
 波紋を広げていた。両手はしっかりと跳箱を抱きしめ、顔を強くそこに押し付けている。
  きゅう、と切なげに指を締めつけられ、彼は瞬間的に何が起こったのかを覚り、またしても
 少量の精液を漏らした。沙希が性的絶頂に達したのだ。己が幾度となく自慰で味わったきもち
 のよさを思い返し、小柄な少女がそれと同じ、実に恥ずかしい感覚に襲われているのだと考え
 るにつけ、前立腺の痙攣は止めようもなかった。およそ考え付く限り、最も恥ずかしい姿を彼
 女は晒しているのだ。
  十秒ほど沙希の痙攣は続き、最後にはくたりと力が抜けてしまった。うっとりとしたような
 か細い吐息が流れる。
  彼は少女の股間から指を抜き取り、それを眼前に翳した。湯気が立ち昇りそうなそこは、ね
 っとりと厚みのある液体によって塗り込められ、てらてらと光っていた。匂いを嗅いでみると、
 湿った布の匂いだけがした。鼻先につけて円を描くと、実によく滑る。少女が男性器を迎え入
 れるべく分泌させた体液である。
  それが堪らなく愚かで、彼はぐったりとしている少女にはっきりとした殺意を抱いた。なぜ
 なのかはわからなかったが、無性に腹が立った。馬鹿が、と怒鳴りつけたい衝動を堪えて執っ
 た行動は、己の指を口中に納めることであった。
  たちまちのうちに怒りは瓦解していった。唾液とは確かに違う少女の体液は長く舌に留まり、
 やはり唾液と交じり合うこともなく、つるりと喉の奥に消えた。味は感知出来なかった。己の
 指の塩辛さと、やはり布の味だけがした。
  彼は吐気を懸命に堪えた。常にそうしたいと望んでいた行為であるにも関わらず、喜びの後
 ろからは確かに嫌悪感が顔を覗かせている。他人の恥部が、己の体内を巡る水分を利用して造
 り上げた液体である。どんな病原体が潜んでいるか知れたものではない。
  唾と一緒に吐気を飲み下し、同時に彼は己の興奮状態が限界に達していることに気付いた。
 「虹野さん、おれも、いい?」
  応えはなかった。
  彼はもう一度繰り返した。
  うん、と返答があった。
  彼はズボンのベルトを外し、トランクスごと足首まで引き下ろした。むっとする性臭が立ち
 昇り、更に性欲を煽る。
  彼の陰茎は大きくはなかった。おまけに亀頭の半ばまでが包皮に覆われている。しかもそこ
 には散々漏らしてしまった精液がまとわりつき、見るも無残な様相を呈していた。彼はそれを
 沙希に見て欲しかったが、強要はしなかった。
  根元を触ると、べらぼうなくすぐったさがやってきた。
  ひ、と唸って腰を引いたが、感覚は容易には収まらず、彼の膝を笑わせた。
  そもそも男性器とはそれほど敏感な場所ではないのだが、時折このような状態に陥る場合が
 ある。彼はそれがいまやってきたことに感謝した。最高の状態で沙希の肉体を使って自慰が行
 えるのである。
  再び跳ね上がる陰茎を捕まえ、彼は包皮から顔を覗かせている先端部分を沙希の尻に押し付
 けた。よほど熱くなっていたのか、滑らかな素肌がひんやりと感じられる。初体験、という言
 葉に陶酔としてしまう。
 「おほ――」
  思わず腰が引けそうになるのを堪え、彼は陰茎を何度も尻に擦りつけた。精液がぬるついて
 素晴らしく具合がいい。
 「に、虹野さん、わかる?」
  訊くと、こくりと頷いた。
  己の陰茎に感じる尻の感触も素晴らしいが、彼女が尻で陰茎を感じているという事実により
 強い性欲を覚える。きっと彼女は、精液のぬるみも感じているはずだ。そう思うと、いてもた
 ってもいられない気分に陥る。
 「ちんぽ、きもちいい。虹野さんのおしり、つるつるだよ」
  言わずにはおれなかった。
  沙希はそれに応えるように、僅かに尻の筋肉を蠢かせた。
  彼はうずうずとする陰茎をさらに深く肉に沈めようと、尻の谷間で縒り合わさっていた布地
 を解き、尻の丸みに広げて始めて眼にしたときと同じ状態に戻した。そうしておいて尻を両手
 で開き、ぐいと腰を突き出して、丁度沙希の肛門の辺りに先端を押し付けたのである。
  さらに強く腰を押し出すと、なにやらずぶりと埋没してしまいそうな感覚があった。が、決
 してそうはならない。その代わりといってはなんだが、陰茎が尻の合間を往復するように腰を
 蠢かした。己が沙希の尻を使用して自慰を行っているのだと、彼女にそう伝えたかったのだ。
  陰茎が尻の一番下端に達した際、彼は指をあてがって更に下まで押し込んだ。そこは大腿の
 隙間であり、尻の隙間であり、少女の性器が存在している場所だった。
  肉の抵抗を排して腰を進めると、陰茎はその隙間に埋没し、抵抗で包皮がめりめりと剥ける
 のがわかった。疼痛が走ったが、ぴりぴりとした射精を促す感覚もある。なにやら大人になる
 為の儀式めいた感慨をそこに抱き、彼は胸を高鳴らせた。
  少女は抵抗もしなければ必要以上に脚を開きもしなかった。
  彼は泣かんばかりであった。蒸し蒸しとした狭小な空間にすっぽりと陰茎が包まれる感覚は、
 ついぞこれまで味わったことがなかった。陰茎の両脇は汗に濡れた生肌が覆い、上部はぬるぬ
 るとした下着がぷりぷりとした柔肉の弾力で押さえつけている。それは沙希の体液であり、そ
 こには彼女の性器があり、なによりも彼女が性器で己の陰茎を感じているのだという事実が素
 晴らしかった。
 「う、うごかしてもいい?」
 「い、いいよ…」
  ゆるゆると彼の腰が動いた。
  尻を抱えながら彼は鳴き声を発した。精液と愛液が交じり合って陰茎を包み、肉の圧迫が摩
 擦を生み、下着と、己の包皮が陰茎を扱いては刺激を送り込んでくる。勢いのついた腰が尻に
 当たる度に、クッションの効いた肉が弾んでは、ぷるぷると揺れるのが愛らしい。
 「うあ…すごい…。セ、セックスしてるよ、おれ…」
  射精は間近に迫っていた。
  彼は断腸の思いで陰茎を引き抜いた。
  それを改めて尻の谷間に埋没させる。何故かそこで精液を放ちたかった。股間で漏らしてし
 まったら、ひょっとしたら妊娠させてしまうかもしれないという危惧もあった。それも魅力的
 な考えではあったが。
  ぐりぐりと陰茎を押し付けながら、彼は沙稀の背中に覆い被さった。小さな背中に耳を押し
 付けると、小鳥のそれのように、少女の心臓が激しく跳ね回っているのが感じられた。愛しさ
 が込み上げる。
  その姿勢は、実に充足感に満ちた想いを彼に与えた。女性の淫夢に現れるという男の姿をし
 た悪魔をインキュバスという。人間を性的な誘惑で堕落させることを使命としているこの悪魔
 の名は元をただせばラテン語であり、その意味は、上に横たわる者、である。男性の淫夢に現
 れる女性の姿をした悪魔はサッキュバスであり、意味は、下に横たわる者、だ。つまり男と女
 とは、そういうものなのだろう。
 「ひい!?」
  彼は鳴いた。沙希の尻が、きゅう、とばかりに陰茎を締めつけたのである。
 「そ、それいい、虹野さんっ!?」
  きゅ、きゅ、と繰り返し沙希は尻を締める。
  彼は低く呻きながら、少女の背中と髪の香りを吸い込み、悶えるように腰を蠢かせた。そう
 しながら両手を挿し伸ばして、跳箱に押し付けられている沙希の胸の下に掌をこじ入れたので
 ある。指先どころか掌全体に温かく柔らかな肉の圧力がたっぷりと感じられた。
 「きゅ…」
  愛くるしい声を漏らし、沙希は両肩を竦めた。彼は不自由な指を握り締め、潰れながらもふ
 かふかとした乳房を何度も圧縮しては開放するという動作を繰り返した。少女の優しさが内包
 されているかのような手触りであった。
  ぞくぞく、と背筋を射精感覚が這い上がった。
 「あう、出ちゃう!」
  感極まった悲鳴に、沙希の尻は締めつけを増した。
 「お、お、お――」
  痙攣が走る。
  前立腺が攣ったように痛む。
  尿道の奥底がぬるりと擦られる。
  眼が眩んだ次の瞬間、彼の精液は派手に撒き散らされた。びゅう、と長々と溢れ出たそれは
 尻の谷間に塗れ、あう、あう、と唸るたびに、とくん、とくん、と次々に白濁した粘液が後を
 追う。熱い蟠りが面積を広げてゆく。
 「き、きもちいい――」
  がくり、と膝を砕き、彼はたっぷりと性の幸せを享受した。睾丸の付け根に空洞が出来たよ
 うな喪失感と共に、得体の知れない充足感が満ちる。傷口から膿を搾り出しているような爽快
 感に、かぶれ爛れた脊髄を掻き毟っているような、鬱勃とした倦怠感が覆い被さる。
  最後には彼は沙希の尻から崩れ落ち、しりもちをついたまま残った精液を床の上に撒き散ら
 した。
  呆然と己の陰茎を見つめながら、彼はついにやったという感慨を噛み締めていた。常に自慰
 の後がそうであったように、あらゆる性的な対象から興味を失ってしまうのではないかと思っ
 ていたが、どうやらそれはやってきそうになかった。
  荒い息をようようとつきながら顔を上げると、そこには沙希が尻を突き出したまま、じっと
 動かずにいるのが見えた。白と青のストライプが入ったショーツにはそこかしこに皺が寄って、
 どろりと濃い精液がべっとりと付着している。精液は粘性を見せつけるが如くこんもりと盛り
 上がり、尻の谷間に沿って、時に遅く、時に早く流れ落ちる。一部は糸を引きながらも思い切
 りのいい歯切れの良さでぶつりと途切れて床に落ち、また一部の精液は布地に染み込もうとそ
 の場に留まっていた。
  自分の精液がたっぷりと少女の尻に付着しているという眺めは、彼に再び陰茎を扱かせるに
 充分な要因となった。床に座ったまま尻を見上げ、彼は粘液質な音を立てながら自慰行為に至
 ったのである。
  はあ、はあ、と湿った呼吸を繰り返しながら、
 「虹野さんのおしり、べとべと。おれ、いまオナニーしてるよ…」
  彼は逐一自己申告を始めた。
  最後にはまたしてもきもちがいいと泣き叫び、精液を零したのである。
  ややあって立ちあがった彼は、手指にべっとりと付着した精液を携え、背後から沙希の顔前
 にそれを差し出した。
  表情は見えなかった。動きも感じられなかった。
  指が柔らかいものに包まれた。
  沙希の唇が精液をこそぎ落とし、熱く滑らかな舌がそれを舐め取っていった。
  うう、と呻いて、彼は座り込み、激しく自慰行為に耽った。
  必死になって陰茎を擦り続けていると、ふいに沙希の身体が動いた。
  これで終わりか、と思ったものの、彼は自慰を止められなかった。
  立ちあがった沙希は、跳箱の向こう側に位置して、その影に腰を下ろした。
  僅かに覗いた顔が、じっと自慰を続ける彼に注がれる。
  瞳は潤み、切なげに眉がひそめられていた。ゆっくりと、しかし確かに少女の身体が揺れて
 いるのが、前髪のそよぎから窺えた。
  彼はその前髪と瞳を見つめ、沙希は彼の陰茎を見つめた。
  湿っぽい音だけがしばらく続き、沙希がうっとりと呟いた。
 「きもちいい…」
 「ひぐう!」
  訳のわからない悲鳴を漏らし、彼は少女に誘われるように精液を放った。
  それをしっかりと見つめながら、沙希もまた鳴いた。
 「いっちゃう――!」
  ぶるり、と震えた顔の中で、瞳がくるりと反転していた。
  共に虚脱状態にあった少年と少女は、言葉を交わすこともなくもそもそと緩慢な動作で身を
 起こし、それぞれに後始末を始めた。狭い体育倉庫内には濃厚な性匂が立ち込めていたが、彼
 らはそれに気付かなかっただろう。
  彼は素晴らしい体験に改めての感動を覚えながら、これから先のことを考えていた。日を置
 いて沙希に再び想いを打ち明けて恋人同士になる。その後はふたりで共に高校生活を謳歌しつ
 つ、互いの肉体を求め合うのだ。間違いなく双方の自発的な行動に因って互いの自慰を観賞し
 あった仲だ。先行きは明るかった。
  がたぴしと建て付けの悪い軽金属製の引戸を開放すると、寒気を覚えるほどの新鮮な空気が
 流れ込んできた。それで始めて、彼は己の身体がしとどに汗に濡れそぼっていたこと、そして
 室内の気温が異常に高かったことに気がついた。
  外は、朝から降り続いていた雨が未だに止まず銀腺を描いていた。軒先からせわしなく落ち
 る雨垂れが、地面を抉っては弾けている。
  彼は沙希が出入り口を潜るのを待ってから続いた。
  引戸を閉め、振り向いた。
  沙希が一歩を踏み出し、ばしゃりと深く溜まった雨水が跳ねた。
  白い靴下に点々と茶色い染みが滲んだ。
  新しい雨粒が落ちた。
  沙希の瞳から大粒の涙が転がり落ち、それは止めどもなく溢れ続けた。
  じっと前方を凝視したまま、声もなく、身動きもせずに少女は泣いていた。
 「最低…」
  ぽつりと呟いた。
  彼は雨粒が地面に染み込み、深く暗い場所に沈み行くことを考えながら、同じように泣いた。

 

                                     END

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