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                    『道行』


  昼間の熱気が沈む太陽と共に去ると、東から流れ込んできた風が冷気を運んできた。切れ切
 れに横たわる巨大な岩棚に遮られて地平線こそ眼にはできないが、それでも見渡す限りの大地
 は、起伏に富み、ごつごつとした岩に覆われ、全天に星が瞬きはじめてしばらくしたころには、
 そこからじんわりと感じられる太陽の名残の温かさが心地よく感じられるようになった。
  彼は、それぞれの眠りについた仲間からひとり離れ、両腕を枕にじっと空の一点を見上げて
 いた。背中を預けた大地は温かく、食い込む岩の感触すら優しく感じられる。仲間たちが囲ん
 でいるであろう熾となった焚火の輝きは届いてこない。針の先で突いたような星々の他に一切
 の灯火はなく、いまではすっかり止んだ風の音も聞こえず、獣の遠吠えさえも耳には届いてこ
 ない。静寂と星明りに、荒野はまったく包まれていた。
 「なにしてるの?」
  ふいに声をかけられ、彼は心臓が跳ね上がるのを感じた。それでも、その声から忍び寄った
 人物の正体を悟り、飛び起きることだけはせずに済んだ。
  寝そべったままちらりと視線を向けると、そこに彼女はいた。僅かばかりだが刺々しく育っ
 た潅木と人影が重なっている。暗黒の中、星空に意外なほどくっきりと浮かび上がったその影
 は、すらりと凛々しく彼の眼に映った。
 「べつに」
  彼はぶっきらぼうに応えて、再び夜空に視線を返した。
 「ふうん」
  気にした風もなく彼女は歩み寄り、彼のすぐ傍に腰を下ろした。
  彼は彼女の体温が伝わってくるような気がして、もぞりと背中を動かした。
 「邪魔?」
 「いや……」
  気配を察した彼女が問いかけ、彼はもそもそとそう応えた。
  彼女は両手で身体を支え、仰け反るようにして彼と同じ天空の一点に顔を向けた。
 「なにか見える?」
 「星」
 「それだけ?」
 「それだけ」
  沈黙が流れて、やがて彼が言った。
 「君こそ、こんなところでなにを?」
 「べつに」
 「みんなもう寝てるぞ」
 「あたしは起きてる」
 「確かめたつもりだったんだけどな」
  彼は呟いた。確かに仲間の元を離れてこの場に赴くにあたり、全員が寝息を立てているのを
 確認したつもりだった。無論、彼女もその中に含まれていた。
 「寝てても耳が聞こえるの」
  彼女の声に、彼は泣きたい気分になった。うっすらと残った左頬の傷痕に触れる。数時間前
 に負った傷だが、痛みはまるでない。神の御技か、それとも魔力と呼ばれる力の為せるところ
 か、ともかく彼の知識の範疇にはない手法を用いて、仲間のひとりが癒してくれた傷だった。
  気づいた彼女が、
 「気にしてるの?」
  と視線を返した。
 「してるさ」
  彼は素直に――というより半ば自虐的に応えた。
 「君だってそうだろう? 気にしてるからオレのところになんか来たんだ」
 「まあ、ね」
 「だったら訊かないでくれ。惨めになるから」
  ごろりと横を向いて、彼は瞑目した。いざとなると、まるで役に立たない。成り行きで行動
 を共にするようになった仲間との数日、彼はずっと自責の念に囚われていた。誰も彼もが己の
 役割をしっかりと果たしている。剣士は剣を振るい、弓手は的確に的を射抜き、魔術の使い手
 と神に仕える者は奇跡の技を身につけている。まだ希望に燃えるだけの肩書きを持たない少年
 でさえ、そのがむしゃらな生命力で敵に立ち向かってゆく。
  引き換え――と彼は懊悩した。自分が人生の肩書きとして選んだものは商人だ。商人とは商
 いをする者のことだ。武器を手に怪物に立ち向かうなど、決して商売ではない。そう思っては
 いても、しかし戦う一団の中に身を置いてみれば、そんなものは言い訳にすぎない。肩書き云
 々の前に、誰もが人である。同じ人である以上、同じ働きをしなければならない。なによりも
 オレは男なんだ――。
 「ねえ」
  間近で聞こえた声に思考を中断され、彼は身体を捻って眼を開けた。
  人影が星空を隠していた。
  彼女の両腕が頭の両側にある。
  いつの間にか彼の身体の上に覆い被さっていた彼女は、そのまま顔を近づけた。
  唇が触れ合った。
  彼女の舌が僅かに動いて、やさしく彼の唇を愛撫する。
  驚愕も困惑も、一切の感激もなく、ただ素直に彼女を受け入れ、彼もまた舌を伸ばした。
  温かく滑らかな舌を、彼は己の舌で感じた。弾む唇を軽く吸って、すぐに解放する。同じこ
 とを彼女もした。くすぐりあうような密やかな時間が流れ、彼は全身を弛緩させたまま、時折
 小さく漏れる彼女の吐息を耳にしていた。
  ぱさり、と柔らかな音が響いた。束ねていた長い髪が、彼女の背中から滑り落ちた。
  それを合図にしたように、彼女が顔を引いた。彼の視界の中を遠ざかる微笑みを湛えたその
 顔は、美しく整っていた。
  軽く溜息をついた彼を見詰め、そして無言のまま、彼女は彼の身体を跨いで、そのまま腹部
 の上に腰を落ち着けた。
  ほどよい体重をしっかりと受けとめ、彼もまた無言で彼女を見詰めていた。しなやかな細い
 影は、夜気の中にくっきりと際立っている。その姿は盗賊と呼ばれる彼女の肩書きを如実に現
 しているようにも思えたし、そんなものとは縁遠いようにも思えた。
  彼は彼女の過去を――それも数日より遡らない程度の過去を――まったく知らなかった。彼
 女は自分の肩書きを語らなかったが、仲間内ではなんとなくそれと認めているような部分があ
 り、また彼女もそれを不快とは思っていないようだった。明言されたにしろ、暗にそう呼ばれ
 ているにしろ、盗賊という肩書きがつくのであれば、それなりのことをしてきたのであろうし、
 暗い部分を想像することは、そう難しくもなかった。
  が、だからどうしたというのだ、というのが、どうやら彼の属する一団の見解であるらしい
 ことは、既にひとりひとりが認識していることであった。どのような過去があり、どのような
 目的で道行を共にしているのか、それは彼女に限らず、だれもが等しく、決して口にはしてい
 ないからだ。
  彼は肩に鈍い痛みを覚えた。化物と対峙し、その一撃にあっさりと武器を砕かれ、頬に傷を
 負いながらよろめくしかなかった自分。そんな自分の肩を踏み越え、高々と舞った彼女の後姿
 と、鋭いナイフに頭をえぐられた化物の悲鳴が蘇ってくる。その瞬間に覚えたのは、果たして
 どんな感情だったのだろうか。いまとなっては思い返すことすら出来そうになかった。
  ちらりと彼女の視線が逸れた。鋭敏な彼女の耳だけがその物音を捉えていた。仲間が眠って
 いるであろう場所とは違う地点から、切なげな喘ぎ声が漂ってくる。仲間の声だ。少女のよう
 に華奢な、神に仕える少年の声。おそらくその淫らな声を絞り出させているのは、無表情な女
 剣士と、蠱惑的な女魔術師に違いない。仲間に加わったその日の夜から、彼女は少年がふたり
 の性玩具にされていることに気づいていた。他の連中はまったく気づいていないようだったが、
 それを口にするつもりもなかった。ひょっとすると弓使いの青年は気づいているのかもしれな
 いが、彼もまた黙して語らない。いずれにせよ、他人のすることに興味はなかった。――それ
 なのに、なぜいま自分はここにいるのだろう?
  答えの出ないまま、彼女は彼の顔に視線を落とした。そのまま、胸のふくらみを覆っている
 小さな布地を取り去る。
  見上げる彼の眼に、真っ白な果実が飛び込んできた。闇に滲むそれはふるりと小さく揺れて、
 それから美しく柔らかな姿を取り戻した。小振りなふくらみはそれでも存在感があり、女性の
 やさしさを湛えて息づいていた。
  彼はじっとふたつのふくらみを見詰め、それから彼女の顔に視線を返した。心なしか恥ずか
 しげにも見える瞳がじっと見返していた。彼は、自分が彼女の乳房を眼にしていることを知っ
 てもらいたくて、その視線を受けとめたまま、再び乳房に眼をやった。
  誘われるように腕を伸ばし、さらりとふくらみを撫でた。指先と掌に滑らかな肌が滑り、彼
 女の吐息が震えたのがわかった。それでも見下ろす微笑みはかわらない。促されているような
 気がして、指に力を込めた。瑞々しい弾力があった。柔らかいだけではない、若々しい乳房だ
 った。
  ほんの少しひんやりとした肉をじっくりと揉みしだき、それから彼は、ぽろりと取れてしま
 うのではないかという危惧を抱かせる乳首を摘み、唇のそれにも似た感触を指先に染み込ませ
 た。もじりと腹の上で尻が蠢き、彼に行為の正しさを認識させてくれる。
  やがて小さな突起は熱く充血し、ぷっくりと体積を増して、ぴん、と勃起して硬度を高めた。
 彼女は相変わらず無言だったが、僅かに呼吸が速くなり、よく見れば白かった鼻梁がほんのり
 と桜色に染まっているのが判別出来た。
  すい、と彼女が動いた。立ち上がり、するりとばかりに下半身の着衣を脱ぎ捨てた。長い足
 の付け根の翳りが、なぜか清潔な印象を彼に抱かせた。
 「言われると恥ずかしいの」
  行為がはじまってより後、はじめての彼女の声だった。
  彼はただ、ああ、と頷いた。
  すぐに彼女は彼の顔を跨ぎ、自分は彼の股間に顔を寄せた。
  下半身をまさぐる手の動きと、夜気の中に取り出される陰茎を意識しながら、彼は眼前の尻
 に手を添えた。既に勃起していた陰茎が温かい粘膜に包まれ、ぬるりと刺激的な感触が先端を
 擦るのを感じる。薄く滑らかで、弾力のある舌の感触だ。
  彼女の性器からは、熱気が感じられた。開き気味の大陰唇からはみ出した小蔭唇は、ぽって
 りと咲いた南国の花の花弁によく似ていた。そこから漂ってくるのは彼女の着衣の残り香なの
 か、革と、手入れのために使われる油の薄い匂いだった。
  彼は彼女と交わした小さな約束を守り、なにも言わずに舌を挿し込んだ。膣口の付近は熱く
 濡れていて、苦味と酸味を伝えてきた。尻を抱えたまま、何度も舌を肉の狭間に送り込む。彼
 女の掠れた呻きが耳に届いてくる。
  彼もまた時折、低く声を漏らした。陰茎の先端を、回転する舌が舐めまわす。ぐ、と根元ま
 で温かさに包まれ、柔らかな喉の粘膜が包む。それから、締めつける唇が上下に扱く。時には
 陰嚢までも濡れた舌が這い、甘痒い快美な感覚が衝撃を伴って脊髄を走り抜けた。単に刺激を
 受けたから心地よいのではなく、彼女がそうしようとしてくれている事実にこそ心地よさを感
 じていた。あまりの快感にぱたりと落ちた掌に彼女の掌が重なり、きゅ、と握り締めた。
  しばらく、彼は果てようとしていた。
 「う――」
  一声唸ると、察した彼女が口の動きを加速させた。唇が小刻みに付根あたりを何度も扱く。
  腰から生まれる快感に呻きながら、彼は射精した。尿道が痛いほど痙攣し、濃い精液をたっ
 ぷりと放った。温かい口に包まれながら行う射精は、素晴らしいものだった。
  何度か呻いて射精を終えると、彼女が先端を三度に分けて強く吸った。尿道に残った精液を
 吸い出されながら、彼はまた声を漏らした。
  彼女は顔を上げ、口中の精液を一息に飲み下した。それから身体の向きを変えると、硬さ失
 わない陰茎の真上に尻を移動させた。
  尻が沈み、男女は互いの性器の感触を覚え、背筋を悦びに震えさせた。彼女は硬い陰茎に膣
 壁を擦られ、彼は柔らかくも緊張を失わない熱く潤った粘膜に包まれ、性の快楽に酔った。
  すぐに彼女の上半身は頽れた。彼の胸にしがみつき、尻だけをかくかくと振った。淫猥には
 違いない律動は、しかし愛らしさを失ってはいない。
 「きもち、い――」
  彼女が甘く囁いた。髪の香りが彼を包んだ。
  複雑でありながら単純な感触に陰茎を擦られ、彼は陶酔した。ふっくらとしていて、ふかふ
 かとしていて、ぬるぬるとしていて、くちゃくちゃとしていて、窮屈で優しくて限りなく熱い
 彼女の胎内は汚穢なまでに生々しく、そしてそれこそが人間であり女性の素晴らしさだった。
 「う~~~」
  彼の胸に顔を埋めたまま、彼女は震えて呻いた。
  尻の動きは更に速く、しかし小刻みになった。
 「はあ、はあ、あ、はあ、あ、あ、あ、はあ、あ――」
  甘い声が止めどもなく溢れる。
  突然、彼女は尻の動きを変えた。
  長く、深く、陰茎の根元から先端までを膣口の締めつけを利用して扱き上げ、扱き下ろした。
 「いい、あ、いい、いい、素敵、いい、すごい、きもちいい――」
  感極まった宣言に、彼は急速に上り詰めた。
 「もう、オレ――」
 「んっ――」
  彼女が素早く腰を浮かせた。温かい孔から抜け落ちた陰茎に向き直り、愛液に滑るそれを手
 指で握って、くちくちと擦った。
 「う、お――」
  精液が高々と放たれた。びゅ、びゅうう、と、短く、長く尾を引く白い液体をうっとりと眺
 めながら、彼女は空いた片手で自らの性器を刺激していた。
 「いく、いく、いっちゃ――」
  すぐに彼女も痙攣をはじめた。
 「ひ、いいいん――」
  甲高く最後の声を漏らし、そして彼女も果てた。
  夜気に体液の香りだけが濃く漂った。
  いつのまにか緩やかな風が吹いていた。
 「寒いね」
  彼女が言った。
 「ああ」
  彼は応えた。
 「戻ろう」
  彼女は歩き出した。
 「ああ」   彼も続いた。
  道行きに確固たる理由を得た男の足取りは、力強く自信に満ち溢れていた。



                                      おわり

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